第8話 契約


「おい、お前大丈夫か・・・頭?」

「誰が頭がおかしい変態だって?」

「そこまで言ってないだろ。でもそう思うってことは、自覚はあるんだな。それより、静かにしろよ。また戻ってくるだろ」


 呆れ半分に私を見下ろすウォルフ少年を睨み、私は立ち上がる。


「その心配はない。それより、皆は?」


 今度はきちんと結界を張ったから断言する私に、訝しげな顔をするウォルフに説明することなく、解散したまま動かない壁際の人影を伺うと、静かな寝息が聞こえてきた。


「あいつらなら、寝たふりしたまま寝ちまったよ。暢気なもんだよな、何も解決してねぇってのに」


 呆れながらも、ウォルフの雰囲気も少しピリピリ感がなくなってる。私も暢気だなと羨ましく思いながら、流石に子供をこのまま寝かせるのも忍びなく、アイテムボックスから取り出した毛布を譲ることにして掛けてあげる。


「で?お前、そいつどうする気だ?やっぱ、契約結ぶのか?」


 寝ている子たちから視線を戻したウォルフが、何故か当然だろうという顔で聞いてくるが、私にはそんな気はナッシング。


「いやいや。そんな気は――」


 面白い冗談だなぁ~、と否定しながら手を振った瞬間、その手を大きな手に握りこまれた。

 いつの間に立ち上がっていたのか、気配のないまま私の前に片膝を着き、両手で握りこんだ人質(私の手)を盾に迫ってくる。小児化した今の私と、2m越えの大男とでは跪いたからと言って縮まらない壁がある。

 つまり、私にとっては跪かれても巨人に見下ろされんがばかりのプレッシャーがある。


「もし・・・もし貴女様が下賤なこの身をお見捨てになるのであれば、どうか今ここで私を処分しては頂けないでしょうか」

「なぜに、デッド オア アライブ?!」


 思わず突っ込み、全力でその手を振り張った。


「ま、そうなるよな」

「はぁ!?」


 まさかの裏切り!!まさかの裏切りだよ、ウォルフ少年。

 私の視界を遮る障害物の脇に移動したウォルフが、哀れみの視線をくれる。


「この一味がここら一帯で幅を利かせるようになったのは、“紫黒の死神”を飼ってたからだ。今こいつは無契約状態みたいだから、誰かが主従契約しねぇと、こっから逃げれる可能性がなくなるだろ」

「よく分からないけど、じゃぁウォルフでいいじゃん」

「嫌に決まってるだろ。俺は命が惜しい」

「おい、今不穏なこと言ったよな。なに、主従契約って命に関わるの? なら私だって、尚のこと嫌だよ」

「いえ、マスター。契約に命の危機はございません」

「誰がマスターだ。私は了承した覚えはない。大体、今ウォルフが命が惜しいって」


 どさくさに紛れてマスター呼びするグラディオスにチョップし、私はウォルフに説明を求める。


「俺が言ってんのは、そういうことじゃない。奴隷は財産だ。竜人ともなれば、すっげぇ高い国宝級の宝石一個着けて歩くようなもんだぞ」

「・・・つまり?」

「スラム街を高価なネックレスを着けて歩くようなもんだ。鎖といわず、首切って持ってかれるのが落ちだろ」


 なるほど。持ち主さえ死ねばこっちのもんだぜ。っていうあれか。どっかの国で○レックスを着けてると腕ごと盗ってかれるという都市伝説的な・・・ダメじゃん。


「私に死ねと!?」

「御心配には及びません。お嬢様が御命じくだされば、髪一筋とて傷つけさせはしません」


 マスターからお嬢様呼びで傅く美形なんて、どっかの腐女子がみたら卒倒もののそれも、今は頭痛の種でしかない。つぅか、元凶だし。


「でもでも、奴隷ギルドじゃないと契約できないって言ってたじゃん」

「それは、新しく奴隷紋を刻む場合な。元々奴隷で主人がなんかの理由でいなくなったヤツは、当人の同意が有ればどうにかなるんだよ。だからこいつが全快したって知られたら、またあいつらに掻っ攫われて俺たちの敵になる。こいつが敵になれば、俺たちが逃げられる可能性はなくなる。んで、治したお前はこいつ以上に高値で売られるか、あいつらの奴隷にされるだけだろ。こいつの戦力はこれ以上ない武器だ。敵に回る前に武器を取るか、破壊しとかないと俺たちは奴隷確定だ」

「それでグラディオスさんと契約する必要があるとしても、死亡フラグはどこに立ってんの?」

「フラグ?・・・まぁいい。例えこっから逃げ出せても、契約を結べばこいつの所有者であることは変わらない。こいつが強いからこそ、そっから先、今度は貴族にだって狙われかねなくなる」

「そんないつ爆発するともわからない不発弾を私に押し付けるか」

「意味わかんねぇけど、お前なら魔法があるからどうにかなんだろ。俺らみてぇにただのガキだったら、自分の身だって危ないお宝、持てもしないんだよ」


 確かに今の選択肢で、今いるメンバーが子供の集まりでは、私が契約をして主従関係を結ぶことは理に適ってる。適っているが・・・。

 チラリと横目で伺えば、さっきから一ミリもズレない視線とぶつかった。


「それに、お嬢様ご自身も、まだ幼く稚き時分にありますうえ、上級クラスの魔法使いともなれば欲深き者共に狙われることは必至。この詮無い身より価値が高く、奴隷商どころか国や貴族、協会にとってみれば、喉から手が出るほどに欲する力です。今後、卑しき我が身よりずっと多くのものに狙われましょう。斯様な俗物から御大をお守り致しますのに、僭越ながら愚昧な我が剣が一助となりましょう」

「いえ。結構です。遠慮しときます。ノーサンキューです。チェンジで」


 ズイッと効果音というより体感で迫ってこられてついには両手を獲られての猛烈プッシュに、何か裏があるのではないか。そう考えてしまうのは、詐欺の横行している現代人にとって当然の心得だと思うよね。

 迫って来られた分身体を退いたら、人質(my ウッディ ☜ 腕だよ☆)のせいでエビも真っ青な感じで仰け反った・・・のがいけなかった。空かさず背中に回った腕に体ごと拘束されて締め上げにかかりやがった。


「ウギャー。はな――」

「もし、我が身にご不満な処が御有りであれば、何なりとお申しつけください。如何様な手を使いましても、善処いたしますゆえ」


――怖いよ。どんな『如何様な』手を使うつもりだよ、あんた。


 大真面目な顔に、私は悟る。あ、これもう「うん」って言うまで放してもらえないパターンだな、と。

心中で涙を流しながら、私は乾いた笑いを溢し口を開く。


「強いて言うなら、顔かなぁ」


 迷うことなく断言すれば、一瞬目を見開いて再び無表情に戻ると・・・頷いた。


「承知いたしました。では、《ファイアーボール》」

「ごめん。私が悪かった。顔もおたくの大事なアイデンティティだと思う。個性的で素晴らしいご尊顔だと思う。モブ顔がナマ言って悪かった。調子こいてごめん。謝るからグロいのはやめよ。見てて気持ち悪いだけだから、それはやめよう」


 いきなり魔法で火球を作り、躊躇なくそれを顔面に押し付けようとするグラディオスに、私はすかさず待ったを掛けた。誰か、この人に冗談を教えてあげて。


「・・・何で私なのかなぁ」


 思わず漏れた愚痴に、グラディオス――もうグランでいいや、長い――が応える。


「お嬢様は幼くていらっしゃりますが、聡明でお優しゅうございます。先ほどの男が出て行った後、スキルで張られた結界もでございますが、作戦会議中にお使いになったあの特殊魔法は初めて目に致しました。術の発動範囲外であったので、私にはどのような効果があるのか分かりませんでしたが、皆様のおっしゃられていたことからして効力はあるようですし。賢者たる資質をお持ちだとお見受けいたしました」

「ないから。それ、絶対ないから」


 ぶっ飛びすぎた妄想に、全力で突っ込む。賢者て、何の賢者だ。


「あれ?スキルで結界張ったの分かったんだ」


 ふと、結界のことを指摘されたのに、疑問を覚える。ウォルフは気づいていない素振りだったのに。


「はい。私も多少は魔法を扱えますので。お嬢様の結界は魔力の動きがありませんでした」

「へぇ・・・握手してください」


 まじまじと生魔法使いを見つめ、取り敢えず握手を求めておく。そんな私に、首をかしげつつ応えてくれる、貴方はいい芸能人になれると思う。惜しむらくは、この世界にメディアがないということ。確実に稼げるのになぁ、グランの背後に金塊の山が見える。

 そんな邪な目をする私に、グランは紫水の目を細めて続ける。


「それにあの方のおっしゃる通り、最低限ご自分の身を守る術をお持ちでないお嬢様の行く末は・・・」


 おい、そこで切るなよ。目を逸らすなよ。ていうか、そんなぶっちゃけ要らない。


「お嬢様にお救い頂いたこの命、再び使うのであれば貴女様の為でありたいという下僕の願いを、如何か聞き入れてはもらえませんでしょうか」


 下僕って言った。今リアルで下僕って言ったよ、この人。

 ドン引きして退く身体は、今度は自ら握手を求めて握られ続けていた手が邪魔をして動けない。


「いや。私も逃げたいのはやまやまだし、そも奴隷落ちする気はないんだけどさ。別におたくの力借りなくても、切り抜けられそうだなぁとか思ってて」

「確かに、お嬢様の魔力は凄まじいものがございますね」


 言って私を見下ろす爬虫類みたいに縦の瞳孔が、細くなるのが間近で見える。うん。蛇に睨まれた蛙って、こんな気持ちなんだね。怖ぇえよ。


「ですが、私は今無契約状態・・・何かの折に誰かが命じれば、己の意志に関係なく、貴女様の障害となってしまいかねません」


 曰く、奴隷は仮契約状態と本契約状態と無契約状態があり、主のいない状態―所謂「野良」―の時は、周囲にいる人間すべての“命令”に縛られるらしい。主と何らかの事故で死別した奴隷がそういう状態になるらしいけど、そうなった場合は速やかに次の主と契約するか、近くの奴隷商にいくのだそうだ。日本人には分からない感覚だけど、無差別奴隷より特定の奴隷の方がまだまともな生活を送れるのだとか。


「解放して欲しいとか思わないの?」


 私の至極最もだと思った問いは、どうやらこの世界では異常らしい。ウォルフにもグランにも、変な目で見られてしまった。


「奴隷は一度烙印を押されれば、莫大な金品を出してもらわなければ解放されません。私の場合、中規模国の国家予算程度は解放金を要求されるでしょう。それに、この身が例え奴隷でなくなったとしても、所有者なき竜人の末路は然して変わりはしません」


 諦めとか、憤りとか、そういう負の感情の一切ない、世の常識を語るような言葉に、私はこれ以上出ないと言えるほど体内の空気を吐き出した。


「分かった。分かりました。ったく、ほんっと今日は厄日だなぁ」


 項垂れて悪態をついて降参する私に、グランはとてもいい『笑顔』を返した。

 それまで無表情だったくせに、計算通りと顔に書いてあるのがムカつく。


「では、契りを」


 こうして訳の分からない一日の止めに、奴隷ゲッチュ!なんてめんどくさい事態で幕を閉じた。


■ カエデ ヤマシナ (6) Lv.3 女 ヒューマン

 HP 34/34  MP ∞  SPEED 6

 ジョブ:チャイルド

魔法属性:全属性 『初級魔法 Lv.100』『身体強化魔法 Lv.3』『治癒魔法(ヒール)Lv.100』『回復魔法(キュア) Lv.100』『完全治癒(リディカルキュア) Lv.100』

 スキル:『探索(サーチ) Lv4』『審眼(ジャッジアイ)Lv.2』『隠密 Lv.2』『逃走 Lv.4』『狩人 Lv.5』『スルー Lv.999』『亜空間倉庫(アイテムボックス)最大』『ユニーク:絶対防御』

 状態:『若返り』『闘神の加護』

 称号:『異世界人』『怠け者』『食道楽』『料理人』『破壊魔候補』『自己至上主義者』

 アイテム:奴隷[竜人:グラディオス]、塩30、毛布、回復薬4、ダガーナイフ(鉄)バジリコ 23、アロナの葉 138、マカラ 13、ナティーア 46、ワイナリーの樹液、ライスライム 15、風の魔石(下)、ホーンラビットの骨、ホーンラビットの肉、コカトリス 1、ラズベリー 3


■グラディオス (179) Lv.326 男 竜人

 HP 789/1,690  MP 455/2,690  SPEED 299

 ジョブ:戦闘奴隷〔契約主:カエデ・ヤマナシ〕

 魔法属性:闇・風・火属性 『古代闇魔法 Lv.X』 『上級風魔法 Lv.100』『特級火魔法 Lv.45』

 スキル:『隠密 Lv.89』『剣術 Lv.97』『体術 Lv.100』『暗殺術 Lv.60』『従僕スキル Lv.80』

 称号:『紫黒の死神』『始祖竜の末裔』

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