第9話 作戦崩壊

 おはよう。いい朝だ。朝日が目に染みるぜ・・・そう、朝日が。洞窟の牢屋に閉じ込められてるはずが、ナチュラルに外に出て朝日を拝んでいる現状に、遠い目をして緑を楽しむ。現実逃避? ふっ、今更だろ。


 そうあの後、起きてた3人でラズベリーもどきを食べ、面倒な主従契約とやらを終わらせ仮眠をとることになった。

 めんどくさかったのは、床に寝ようとした私の人間ベッドになりはるとほざきだしたアホだ。献身的な執事タイプの下僕はしつこい。命令して半径2m近づかないように言い、仮眠に入った。

 その時、まだ何か言ってるグランに背を向けながら、少し眠かったのも手伝って適当に生返事をしたことしか覚えていないけど、ウォルフ証人曰くこういう会話が成されたらしい。


『マスター。では、ここを制圧し、賊の所持している敷き布を拝借いたしますので、それならお使いいただけますか?』

『ん~、そうね』

『承知いたしました。では、あの者たちの制圧をお命じくださるのですね』

『はいはい。OKOK。おやふみぃ』

『はい、お休みなさいませ。すぐに敷き布を取ってまいりますので、お休み中であればお体に触れさせていただきますが、よろしいですか?』

『ん~』(手をひらひらさせて、了承の合図)


 なんてやり取りをして眠ったらしいのだ・・・覚えていないが。

 目が覚めると、しっかり2mの距離を置いて寝る前と変わらない姿勢でこっちを見ている美形と耳としっぽに元気がない疲れた様子のウォルフ少年が目に入った。

起き上がって気づいた、寝るときにはなかった見覚えのないそこそこ手触りのいい毛皮の敷き布・・・と変形して人一人がやすやすと通れる檻の鉄格子を指し、私は挨拶もそこそこにそれを問う。


「どしたの?」


 そして聞いたことのあらましに、私は作戦の失敗・・・いや、崩壊を知らされる。


「無駄じゃん。全部無駄だったじゃん」


 何だった、あの顔寄せあって話し合った時間。そう聞きたくなる私に、ウォルフがそっと気遣いを見せる。


「まぁ、結果的に良かったんじゃね?」


 その優しさが辛いよ。いつもツンツンしてるウォルフの優しさが、とんでもない拾い物した私の気苦労を憂慮してくれているようで、余計沁みるよ。


「申し訳ありません、マスター。余計なことをしてしまったのでしょうか」

「余計なことではない、余計なことではないけど余計なことだったかもなぁ」


 私の目線に合わせて膝を着いている美麗な顔は相変わらず何考えてるか分からない無表情、でも心なし寂し気な声で同情を引かれる世の女性は多いことだろう。まぁ、その手に乗るのはその顔に騙される人間だけだよ。すでに抗体を身につけている干物女を甞めるな。ときめき胸キュンは、二次元のみだ。三次元になんて今更ときめかない。


――腹黒い。こいつ、絶対腹黒いよ。自分の障害となりそうなもの(盗賊)を早々に潰しに掛かりたかったから、私の寝こみを突きやがったよ。絶対、復讐したかっただけだよ。憂さ晴らししたかっただけだよ、こいつ。


 こうして、私の無酸素状態で気絶させよう大作戦はお蔵入りとなった。何時か、オンエアーされるのを願おう。


「で・・・・・・・生存者は?」


 私が人を殺したくないってだけで、別段彼らが死んでても問題ないけど一応尋ねると、意外な返事が返ってきた。


「捕らえた者たちは、全て洞窟の外に縛ってあります」

「え、生きてるの?」

「殺した方がよろしいのでしたらそう致しますが」


 至極当然そうに私の意向を伺うグランに、私はあわてて手を振る。


「いい、いい。そのままで。いや、てっきり積年の恨みで殺しちゃったのかなと」

「本来なら、遺恨を断つために殺した方がよろしいのですが、マスターはそれをお望みではなかったようでしたので」


 昨日の作戦会議を後ろで聞きながら、私が殺人に消極的なことをくみ取ったらしい。

 ただ、くみ取ってくれたらしいが、容赦もする気がなかったらしい。

 起こした子たちに状況を説明し喜びあったまでは良かったが、檻から出て隣の洞に入ってすぐ、まず異臭が鼻についた。そして、薄暗い石壁に何かが飛び散ったような模様が・・・それを気のせいだと言い聞かせた。あれはこの世界なりの、最先端なオサレなのだと。ここは盗賊のアジト、ドクロとか血痕だとかをかっこいいと思うパンクな思考の集まりだ。犯人は美丈夫な生物兵器なんかではないと自分に言い聞かせ、太陽の昇りだした外の新鮮な朝の空気を堪能。

そしてついに、決定的なものを見てしまった。呻き声につられ目を向けてしまったばっかりに、荒縄や丈夫な蔦で吊るされた血だるまツリーを。


 冒頭に戻る。


 緑で網膜の記憶を浄化し、怯えて私とリーナちゃんにそれぞれ抱き着いてきたルック君とマーシャちゃんをあやしながら、グランに“いい笑顔“を向ける。ラブでピースな笑顔を。え?目が笑ってない?気のせいだよ。


「あれは?」


 律儀に片膝を着く姿勢をとってグランはこんな時には動く表情筋で、清々しく神々しい素敵な笑顔を返してくる。


「死んではおりません。四肢が使えぬよう筋は断っておりますが、あのままでも魔獣の心配がなければ3日は生きます」


 至極冷静に、明日の天気を予測するように彼らの末路を予測するグランに、私は更に尋ねる。


「魔獣の心配をすれば?」

「血臭が漂っておりますので、今夜にでも生きたまま喰われるでしょう」

「だよねぇ~」


 直視する勇気が持てず、横目で伺いながら脳内計算する。


――一思いに殺されるのがいいのか、生きながら食われるのがいいのか・・・愚問だな。あれ?これ私って、冷酷非情な悪の権現の裏ボスに成るのか?殺してあげてってお願いした方が慈悲に富んでる人なのか?・・・まぁ、深く考えないどこ。記憶から消そう。あの人たちの自業自得なんだよ。自業自得なんだよ。私は何にも見ていない。


「如何されました?」

「いや、私は死んだら地獄に落ちるんだろうなって。それよか、冒険者ギルドに出されてる討伐依頼って生け捕り?」


 血生臭いことは慣れているのか、血だるまツリーを無感動に眺めるウォルフに聞くが、ウォルフ少年は詳しく知らなかったのか、代わりにリーナちゃんが応えてくれた。


「生死不問だったよ」

「生け捕りにしたらどうなるの?」

「ふつうは公開処刑になると思う。お父さんがそんなこと言ってた」

「山賊はこれで全員?」


 次いで、内部事情に詳しい元主戦力に尋ねる。


「はい。全員で14人です」


「・・・14か」


 私は空を見上げ、しばし考える。

空は変わらず青く、浮かぶ雲は変わらず白い。見上げたそれを見て、私は思う。――ほかほかの白ご飯と納豆が食べたい。


「よし、朝ご飯にしよう」


 異世界だって変わらない。一日の始まりはまず朝ご飯からです。

 あっさり放置を決めた私が意外だったのか、ウォルフが訝しむ。


「いいのか?人殺し嫌いなんだろ」

「いや。私が殺す分には抵抗があるってだけで、行為自体を否定する気はないよ」


先進的な法治国家ならともかく、文化的にどう見ても遅れてる後進文明で、きれいごとだけで生きてける訳がないのは分かる。日本だって殺人を正義としていた時代はあるし、犯罪者を殺す行為は、如何言いつくろっても同族殺しに他ならない。


「やっちゃったもんは、仕方ないんだよ。私だって、殺されそうなら、躊躇はしても殺してたよ。命惜しいもん。それに、人手がないと運べないでしょ、アレ」

「では、止めを刺しますか?」


 どこからともなくナイフを取り出したグランを、私は静止する。


「いや、いいって。積極的殺人推奨派じゃないから。まぁ、もうすでに9割がた手ぇ下しちゃってるけど。生き物を殺すってその命に対して責任を持つことだと私は思うから、わざわざグランが負うもんでもないんじゃない」

「グラン…」


 話の内容より別に反応を示すグランに、私は思い出して改めて条件を提示する。


「名前長いし、グランでいいでしょ。私のことはカエデでいいから。あと、その胡散臭いしゃべり方と態度もやめて。何故か馬鹿にされてるようにしか聞こえない」


 たとえ被害妄想だったとしても、凡人の僻みだったとしても、私にはドSに蔑まれている気しかしない。例えば――


『おはようございます、マスター。申し訳ございません、可愛らしい御就寝のご様子に、思わず見入っておりました』

訳『起きたか、ブス。ったく、不細工な面晒してよく人様の前で恥さらせんな、逆に感心するわ』

『御身体はお辛くありませんか?やはり、その程度の薄い敷き布では十分にお休みになれなかったのでは?』

続『まぁ、床以上にゴツゴツしてる骨と皮の貧相なまな板じゃ、分厚い羽毛布団でも役に立たねぇだろうがな』


 って副声音が聞こえてくる。たとえ偏見と言われようと、過剰解釈と言われようと、美形に尽くされると脳が拒否を起こして自動翻訳してしまうのだ。一種のアレルギー反応である以上、致し方なし。


「しかし、それではマスターを侮られかねません」


 主従の上下関係を示すのは、当人同士だけではなく周囲への主の優位性を見せつけることも大事だと主張するグランに、私は頭を下げる。


「頼む。生きていることが辛くなる」


 私はどんな悟りを開こうと、美形に蔑まれて喜べるMの境地には至れない。小市民な私がなれるのは、どこまでも平均値で凡庸なノーマルピープルでしかないのだ。


「・・・分かった。その代わり、これからもずっと俺をグランと呼んでくれるか?」

「いや、私がそう頼んでんじゃん。あ、言っとくけど敬称もなしね。様とか言われる程できた人間じゃないから。じゃ、決定。よろしく、グラン。それから、私に奴隷の扱い方とか求めないでね。普通にしてて」

「普通・・・」

「うん。まぁ、私の夢が覚めるまでのナビゲーターだと思って、頼りにしてる」


 膝を着かれた状態でも若干目線が高いグランの前に移動し、私はその肩を叩くと、気を取り直して皆に向き直った。


「よし、何はともあれ、まずは朝食だ」

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