閑話:奴隷 / side G

 竜人に生まれただけで、俺は世界から弾かれた。

 俺たち竜人族は武にも魔力にも優れ、誇りと信念に生きていた。だが、数百年前の世界大戦の折、俺たち竜人族は繁殖のすぎた魔獣どもを駆逐し疲弊していたところを当時の人族どもに攻め入れられ、衰退した。

 頑丈で武勇に優れていた竜人族は、魔獣との闘いや人族の国同士の戦乱に戦闘奴隷として用いられ、長命種共有の悩みの種でもある繁殖力が低いという点もあり、その個体数を減らしていった。

 戦乱の世が落ち着けば、見目が良いことが災いして王侯貴族どもの鑑賞玩具にされ、皮肉にもその希少性と戦闘能力や器量の価値の高さから奴隷として益々高額でやりとりされる種族となった。

 それでも俺たちは、逃げも隠れもしなかった。俺たち竜人は里である程度の力をつければ、成人してから外界に出ることは自己責任で誰も止めはしなかった。例えそれが、他種族に里の存在を知られようともだ。自らの生きたい場所で生き、それを邪魔するものを力で排する。それが竜人の誇りで、弱きものが強きものに淘汰されることを、理とする始祖神の教義だからだ。

 俺は成人少し前に一族の里を襲われ、それから奴隷として主を転々とした。そして主が変わる度、戦闘奴隷としては勿論、貴族子女の愛玩人形兼従者としてや賊のコレクションとして、様々な立ち場や振る舞いを強要された。

 生来の性質が無関心であり、無感情であったためか、特に面白みも何も感じないまま数十年が過ぎた。

その歳月の中で人の感情の機微を観察し、より俺の利となり効率的に駒(主人)を動かす術も覚えた。言葉遣い、所作、表情、ヒューマンに限らず女は特にこれらに騙されやすい。だからそれなりに、俺は奴隷として駒遊び(ボードゲーム)を楽しんでいた。

 久しぶりのはずれを引いたのは、3年前。脳筋の粗暴なヒューマンの賊に前の主人が殺され、俺はその単純馬鹿どもの奴隷となった。

 奴隷と契約をした時点で、戦闘で得た奴隷の経験値の1/10の経験値が主人にも得られる。つまり、力を求める脳筋バカタイプを主に持った場合、ひたすら経験値を得る為だけの道具にされる。そして始末に悪いのは、馬鹿であればあるほど、より高い経験値を一回で得ようとその奴隷より強い敵を獲物にする点だ。

 死ねば得るものも得られないということの分からない、馬鹿の奴隷の末路は決まっている。

俺の場合、戦闘値の高い竜人で且つ過去の主人たちのもとで培ったLvも高いため、そうそうの魔獣や迷宮(ダンジョン)では死ぬこともないのが災いした。奴等には不相応の迷宮に連れていかれ、最下層のボス部屋で不覚にもキマイラに片腕を喰われた。その時点で戦闘奴隷としての価値が落ちた上、宝を手に入れる為に必要となったのは呪いの生贄。あの時、片腕を失っていなければ或いは他の人間が使われていたのかもしれない。奴等は迷うことなく、片腕を喰われ、毒で瀕死の俺を使った。

 呪いの影響を受けないで済むよう、それを最後の命令にして奴隷契約を解いたのだけは、馬鹿にしては頭が回ったのかもしれないが。

 これで死なずに済むなと、嗤いながら揶揄る声を聴きながら、俺の意識は深淵に沈んだ。


 痛みと寒さと苦しみと悪夢に魘され、終わることのないそれが終わることだけを待っていた俺は、生まれて初めて感じる温もりにうっすらと目を開ける。

 夢かと思ったそれは、今までのように死んだ同胞も、俺に親切にして死んでいった奴隷仲間の死霊(ゾンビ)も出くることもなく、同時に俺を包む温もりも消えることなく、その心地よさにほっと息を吐く。百数十年生きてきて初めて、心安らぐ場所を見つけた瞬間だった。


 俺に欲を押し付ける腕でも、俺を可愛そうだと慰めながらこの楔から解き放つ気もなく打算まみれで抱き締める女のそれでもなく、ただ労りと冒しがたいほどの優しさを感じた。俺のためを思って、強く願う想いを。


 何かの折にそう言ったとき、貴女は『ただ生きて欲しいって、私のエゴだけだったよ』と笑ったけれど、死にかけのおぞましい生き物を前に得られる利も、満たされる欲望もなく真に他者を想う願いを、神をも応える神聖で尊い祈りをエゴと言うのなら、貴女は聖女だと言ってしまいそうだった。きっと、酷く残念な者を見る目をされてしまうだろうが。


 俺を包む何の欲もない温もりも、俺の頭を梳く優しい手も、俺を対等として扱う人間も、全てが初めてで戸惑いながら初めて動く己の感情の在処さえ分からないまま、ただ本能のままに理解した。――これは、俺のモノ(主)だと。

 その時はまだ、幼く操りやすい駒を見つけた気でいただけだったが。


「グラディオスと申します」

「ふぉっ?・・・・・・・・グラディオス・・・さん?」


 その声の甘さに緩んだ頬も自覚しないまま、俺は生きる意味を見出した。


「はい」

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