第12話


「ま、この五号『ダンジョン』は騒がしさとは無縁な世界だ」

『ダンジョン課』オフィスから、何だかんだで担当する事になった

 五号『ダンジョン』に赴いた江崎 零士は何処かほっとした口調でつぶやく

 すでに彼が五号『ダンジョン』へ赴く準備中にも、朝から

『日本探索者協会』には訪日観光探索者が無許可で『放置ダンジョン』に侵入し、

『違法探索』を配信する事案が発生しており、その対応に佐藤など幾人かが

 対策に追われていた


 本来であれば、彼もその対応に追われるはずだったのだが、この『世界線』での

 彼は事態を混迷化させるトラブルメーカーだったのか

『お前は大人しく五号『ダンジョン』に赴いて、監視しておけばいい。

 毎回余計な事をして事態をややこしくさせられると業務に支障が出る』

 という佐藤からの指示を受けていた

 もちろん『転移』してきた彼に取ってはこの『世界線』の事情など

 知るわけもなく、またこの『世界線』での自分自身が一体何を

 やらかしていたのかまったく不明だった

 そのため、無難に指示に従った


「本当にこの『世界線』の俺自身は、一体何をやらかしていたんだ?」

 彼は嘆息する

 小肥の男性――同じ『日本探索者協会』に勤務する山田 満男から

 何処か達観した様な事を聞かされていた

『規制前、アジア一帯で勢力分野を共に広げていた米国系索者団体と

 アジア系探索団体の争いに強引に横槍を入れ仲裁に入ったのは

 君じゃないか』

 彼はそれを聞いて大きく仰け反った

『転移』してきた彼にとっては思い当たる節がまったくなかったため、

『何だよ、そのラノベやネットでよくある様な異世界転移のプロローグは!?

 誰得だよ!?この『世界線』の俺は何を起こしたんだ!?』と

 内心大きく叫んでいた

 もちろん口に出して言う事はできず、頭を抱えてその場にしゃがみ込みたい

 気持ちでいっぱいだったのは言うまでもない



『あのまま二つのグループがアジアを舞台に凄絶な抗争を続けていたら、日本政府が掲げる『観光立国』なんか不可能だったに違いない』

 山田はそう続けたが、いまいちピンとこない彼だった

 それから少ししてから、その二つのグループについて彼は時間が空いている

 限り調べてみた

 元の『世界線』で言う所、ゲームやラノベなどで登場する『クラン』と

 呼ばれるものらしかった

 アジア系探索団体『青龍会』

 中国やミャンマーを拠点としてジア全域に広大な縄張りを誇っている探索団体だ

 もう一つは米国系索者団体『ブラッド・クリスマス』

 米国西海岸で最大規模の探索団体だ



 2つの『クラン』も表向きは人材派遣や様々な商業活動なとでしのぎを削る

 間柄だったが、『ダンジョン課』の資料室で調べてみれば

 裏では元の『世界線』で言う所間違いなく反社勢力――マフィアやギャング

 という枠組みで括られる巨大なマンモス暴力組織だと判明した

 資料によれば、アジアを舞台に『ブラッド・クリスマス』と『青龍会』が

 凄絶な抗争に突入した切っ掛けは、フィリピン・ダンジョンに

 介入してきた米国西海岸を牛耳る米国系索者団体『ブラッド・クリスマス』だった

 4年以上前から虎視眈々とフィリピン・ダンジョンの資源に眼をつけていた

『ブラッド・クリスマス』側は、フィリピン政府側とフィリピン国内の

 探索者団体に利権を譲渡する代わりにダンジョン探索に必要な

 人員や物資を提供する援助を 申し入れ、フィリピン政府側が一部開放を水面下で

 検討していた


 だが、それに反攻したのがすでにフィリピン国内に勢力を伸張していた

 アジア系探索団体『青龍会』のフィリピン支部だ

 しびれを切らした『ブラッド・クリスマス』は、フィリピンに

 二次団体を送り込み、更には秘密裏に アジア観光探索者を雇って送り込んだ

 これによりアジアを舞台に凄絶な大抗争の火ぶたを切られて以降、和平が

 締結されるまで大小合わせて十数回に渡る 抗争が繰り広げられ死者行方不明者

 合計約数万人が出る未曽有の事態が発生していた・・・

 と資料に記されていた


「ラノベの主人公じゃあるまいし・・・

 電撃的な平和協定に一体どう関わっていたんだよ? この『世界線』の俺」

 彼は一人、自問自答するしかなかった

 それ以上にもう1つ頭を悩ます事があった

『平和協定の条件に『ブラッド・クリスマス』を日本国内に進出させる事を

 含めたとは君も良くやるよ

 元々、かの団体も日本国内の『放置田ダンジョン』にも新たな市場として

 眼をつけてはいただろうが・・・

 それも日本以外には縄張りを広げない条件を提示したうえで、な』

 山田が呆れる様な貌で言っていた

 ようやく流行り病も落ち着き、水際対策の緩和でこの秋頃には日本国内に

『ブラッド・クリスマス』事務所とそれに連なる本場の探索者専用ホテルが

 オープンする

 日本にとっては初の海外本格的ダンジョン攻略企業進出が国内でも

 実現するとあって、日本政府側も公認での出店であり 今回の件では

 協会に補償金まで支払われる話だと説明を受けた

 この『世界線』の江崎 零士がどういう手段を用いて、招聘したのかまでは

 分からなかったがかなり尽力した事に間違いはないのだろう

 裏では反社勢力のマフィアそのものだが、表の貌は陽気で明るい西海岸風の

 イメージがある海外大手企業だ

 下手に刺激して抗争再開の火種を起こそうものなら、日本国内で活動する企業や

 団体に多大な影響が出てしまう恐れもある



 それに『ブラッド・クリスマス』に所属する探索者メンバーには、知名度もある

 有名探索者や探索団も複数在籍している

 友好的な関係を維持できるなら それに越した事はないためか、彼が勤務する

『日本探索者協会』側は側は粛々と対応しているのだ

 さらに言えばこの会社の日本進出には、この『世界線』の彼――江崎 零士が

 日本国内の様々な団体や日本政府側、そして手野グループ本社にも

 水面下で着々と根回ししていたらしい

 それも勤務する『日本探索者協会』にはそれらについては途中報告すら

 せずにだ

 最終報告を上げたのもまだ規制中時期で、一通りの報告などを終えた時には

 もはや後の祭りだった様だ


「 しかし、山田さんや佐藤先輩が言っていたが『二つのグループに、どんな

 デカい『貸し』を売ったんだよ』という疑問が解消されねぇ・・・

 そもそも良く懲戒免職、いや下手したら消されずに済んでいるよ 俺」

 彼は嘆息し、頭をかく

 個人や企業に対して、迅速かつ確実な対応を行うというのは

 おかしな事ではない

 が、それが危険な反社勢力となれば話は別だ

 穏便に済ませるならば、それでもいいのかも知れないが・・・

 そしてこの『世界線』の彼――江崎 零士がデカい『貸し』を売ったのが、

 もう1つ


 アジア系探索団体『青龍会』とは別系統で、古くから日本国内にも進出している

『華僑』系大手探索団体だ

『青龍会』とは違い主に商売経営や資金管理など商売経営をしており、日本国内の

 企業と商取引を結んで互いに利益を上げている

『ブラッド・クリスマス』以外にも、欧米系索者団体にもスポンサードとして

 資金提供をしたりしているため、多大な影響力を持っている

 いくら現実世界に近いファンタジーー世界とはいえ、もとの『世界線』基準で

 照らし合わせれば通報事案な展開が多すぎて頭が痛くなったのは言うのでもない

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