第4話

 ―――しばらく経ってから、彼は問題の五号『ダンジョン』施設へとやって来た

 そこは、かつてこの辺り一帯の田畑だった場所であり、今では雑草が

 生い茂っているだけの荒れ地となっている場所である

 そんな場所に、彼は来ている

 この場には、彼と数名の手野武装警備株式会社の

 武装警備隊員がいるだけだ

 それも『ダンジョン』部門ではなく、主に外回りや

 警戒を担当する者達である

 彼らは、手野武装警備の子会社の社員でもあるため、

 手野産業傘下の企業への顔つなぎも兼ねているのだ

 また、ここのダンジョンを探索する探索者資格を持っている者もいるが、

 現在は別の仕事をしている

(俺がいた『世界線』には、そんな部門なんて無かったぞ)

 彼は、心の中で呟く

 そして、ここに来る前、佐藤に言われた言葉を思い出していた


『五号『放置田ダンジョン』は、内部調査もまったく

 進んでいない未踏破ダンジョンだ。

 そのため、手野グループが管理している他の『放置田ダンジョン』よりも

 難易度が高めになる

 なので、手野武装警備株式会社から探索者資格を持つ武装警備隊員が

 サポート役兼監視役として同行する事になっている

 だが、『ダンジョン』部門ではなく主に外回りや警戒を担当する

 武装警備隊員だ

 あくまでも外回りの警戒役に留めておくようにな

 さらに、万が一の事があってもいいように、手野病院の医療チームも

 待機させる事になっている』

 つまり、実質一人しかいない状況という事だ

 彼は、思わず天を見上げる

 空は青々としており、雲一つない晴天だ

 まさに絶好のダンジョン日和と言えるだろう

 彼は、大きく息を吸い込み深呼吸をする

(ま、なんとかなる――わきゃなるかぁぁぁぁ!)

 彼は、心の中で絶叫した

 突然に『現実世界』と近いが、若干違う

『現実世界』へ『転移』して、何が何だか理解出来ぬままに

『放置田ダンジョン』を任せられたとか、無茶振りにも程がある


(この『世界線』の俺は、一体何を考えてやがるんだ?)

 彼は、思わず天を仰ぐ

 青空は、彼の心を癒してくれはしなかったようだ

 彼は、この世界に『転移』した時を思い出す

 ― 数日前 ―たまたま実家の『放置田』の草刈りを

 父親の手伝いで行おうとしていた

 草刈りについては、たまに時間があるときに手伝ってはいた

 今回も昼間でかかるだろうと思っていたのだが――

『ん?あぁ、放置田化すると『ダンジョン』ができるんだわ』

 テレビゲームもラノベもあまり嗜む事が無い父親の口から

『ダンジョン』という言葉を耳にしてから日常が一変した


 何かの冗談かと思っていたが、まさか本当に『放置田』に

 テレビゲームやラノベ書籍にあるような『ダンジョン』が

 出来るとは思わなかった

 父親が言うには、放置田は放っておくと最終的に『ダンジョン』

 拡大していきやがて外にモンスターが出てくるらしかった

 現に五年以上『放置田』している隣では草木が伸び放題で放置された間を、

 RPGゲームでは中盤以降に出現するようなモンスター達が徘徊していた

 まったく信じられない光景だったが、その後にさらに

 信じられない経験をする事にもなる

『ダンジョン』が出来ていた『放置田』へ、父親と共に潜る事になった

 半日ほど『ダンジョン』内で草刈りなぬゴブリンやコボルト 

 オーク、スライムと言った定番モンスターを駆逐していった

 実家の『放置田』は三層までしかなく、父親もダンジョン探索を終えると

『年に2回は草刈りをしないと、オーガやキマイラが棲み付くようになる』と

 応えていたが、理解できる事はなかった

 ―――ただ、『ダンジョン』以外は特にこれといった

 日常変化は感じられなかった

 彼の生活で変化があるとすれば勤務地の手野産業株式会社に

 出勤すれば、営業部ではなく『ダンジョン課』という名称に変わっていた

 ぐらいだろうか

 オフィスも変わりはなかったが、ただ業務が『放置田ダンジョン

 探索事業部門』となっていた




 手野産業株式会社『ダンジョン課』は彼がいた『世界線』の

 営業部と同じ数の社員数が所属しているが、業務内容は違った

『放置田ダンジョン探索事業部門』の業務は主に、

 手野グループが管理している『放置田ダンジョン』の探索及び

 調査を行う部署だった

 その業務内容を聞いて『これは冒険者ギルドじゃねぇのか』と思った

 また特定の『放置田ダンジョン』を探索するには、

『探索者資格』という資格が必要だった

 取得方法は、市役所で簡単な筆記試験を受けるだけらしい


 この『世界線』の彼も、手野産業株式会社に入社して2年目であり

 まだ入社3年目の若手社員の様であった

 しかし、『放置田ダンジョン探索事業部門』で業務の

 合間に何か色々と裏で動いていたらしく、そのために資格を取得していた

 実家の『放置田ダンジョン』に潜るには『探索者資格』は必要は無いらしく、

 あくまで公共機関の『放置田ダンジョン』へ入るための

 ものだそうだ


「江崎さん、ダンジョン正面入口に置いている荷物の確認書類です」

 そう声をかけてきた男性がいた

 彼は『手野武装警備株式会社ダンジョン部門』に所属している武装警備隊員だ

(――ちょっと待てよ。『手野武装警備株式会社』は、俺がいた

『世界線』にもあったが『ダンジョン部門』なんてものは無かったはずだぞ)

 そう思った彼は、五号『ダンジョン』施設へ来るまでに

『手野武装警備株式会社ダンジョン部門』について調べていた

 分かった事は、『手野武装警備株式会社』はこの『世界線』では

 規模、構成、目的は非常に多岐にわたっており、子会社も多く存在する事と、

『ダンジョン部門』はダンジョン内にて非常に攻撃的なモンスターに

 対処するため手野武装警備株式会社全体から選抜された精鋭部隊である

 事だけだった

 ダンジョン内にて非常に攻撃的なモンスターに対処する

 訓練を受けているらしく、『放置田ダンジョン』内での緊急時には

 大隊規模の戦闘部隊が投入される事もあるらしい


「あ、はい」

 そう応えつつ、確認書類を受け取った

 そこには手野運送より運搬されてきた荷物類と、ダンジョン内に

 設置してある機械類の説明書や注意事項などが記載されていた

 ダンジョン内の機械類は、手野産業がダンジョン管理開発をする

 上で導入した機械達であり、それらの操作説明などが書かれた資料もあった

 それを見ながら、江崎は手野運送からの荷物を確認する事にした

 まずはドローン(無人航空機)

 手野運送が『放置田ダンジョン』用に開発したもので、

 従来の偵察機や偵察用ヘリに代わるものとして開発したようだ


 主に、モンスターなどの情報収集に使用される

 次に、ダンジョン内照明装置

 ダンジョン内は太陽光が無く外よりも暗いため、光源となる

 光を放つマジックアイテム(魔道具)を使用するか、魔法などで

 灯りを確保する必要があるが、この装置はそれらを自動で行うものである。

 さらにモンスターを検知すると警報を発し、侵入者を撃退するための

 罠が作動したりするものもある

 そして、これら以外にもダンジョン探索様に様々な

 機械が手野運送より運び込まれていた

「・・・ん? 『異世界水』? 『手野薬品工業株式会社』? なんだこれ?」

 荷物の中に見慣れない物があった

 除草剤の原液が入っている様な瓶が幾つかと、液体が入った

 ペットボトルが数本 それに、手野薬品工業株式会社のロゴマークの入った

 箱に入れられた謎の粉末が入っていた

「 『手野薬品工業株式会社』から後日追加で、瓶詰された

『異世界水』が350本届くようです

 何でも 『手野薬品工業株式会社』のウラジオストク支店で

 生産しているもので、それをダンジョン内で捲けば『異世界』の

 冒険者が砂糖水に群がる蟻の様に集まってくる代物の様ですね

 その水を使って、『異世界』の冒険者達にダンジョンの

 モンスターを代わりに駆除させるみたいですよ」

 武装警備隊員の男性が書類を見ながら教えてくれた



「は?」

 彼は思わず疑問の声を出してしまった

『『異世界』の冒険者』という名称も理解できなかったが、そもそも

『異世界水』なる物が理解できない

 なぜそんなものを、この『世界線』の『手野薬品工業株式会社』が

 作っているのかも分からなかった

「何年か前に原液を水で薄めずにそのまま巻き散らした社員がいましたが、

 結果、ひっきりなしに人海戦術で『異世界』冒険者が

 やってきたため、効果が無くなる半年も手野グループが管理している

『放置田ダンジョン』を閉鎖しなくてはならなかった苦い経験がありましてね。

 それ以来、原液のまま撒くことは禁止されています」

 武装警備隊員の男性が、さらにそう説明した



「・・・」

 その説明を聞いたが、まったくもって意味不明だった

『異世界水』とやらが『手野薬品工業』製なのは分かるが、それが

『放置田ダンジョン』に撒かれると『異世界』冒険者が集まる事自体が

 理解できなかった

「・・・とりあえず外回りの警戒は我々武装警備隊に任せて下さい

 江崎さんはダンジョン内に入られて作業してもらって構いませんよ」

 武装警備隊員の男性は、そう言うと敬礼をして去って行った

 彼は、その言葉に微妙な表情を浮かべつつ機械類の

 操作手順を確認し装備を整える事にした


 五号『ダンジョン』内の探索を行うべく、彼が装備したのは以前の

『ネクロマンサー一式装備』だ

 もちろん、これ以外の防具類がロッカー内に収められていたのが

 明らかにRPGゲームやラノベ書籍で言う所の最終決戦に赴く

 登場人物を彷彿とさせる品物ばかりだった

 色々な意味でドン引きした彼は、敢えて最初の『ネクロマンサー一式装備』を

 選択したのだ


 武器は以前と同じで、刀身が漆黒に染まっている

 短剣のような形状の武器だ

 また、自宅の倉庫にも『ダンジョン』探索と思われる

 武器防具類が納められていたのたが、そちらもそちらで、今の

 彼の心境としては使いたくなかったので、

 敢えて触らないようにしていた

 ちなみに、この倉庫に納められていた武器等はこの『世界線』の

 彼がネット通販などで購入したものだった

「……これ本当に『ダンジョン』内部か?」

 そうぼそりと呟いた彼の手元には、『ドローン』より送信されている

 映像が映し出されていた


 そこには草原が広がり、遠くの方に大きな岩山が聳え立っているという

 光景が広がっていた

 それは、まるでゲームの世界にあるような景色であった

『ダンジョン』内のはずなのに、本物にしか見えない

 曇天模様の空が広がっている

 まるで、本物の世界を見ているかのような錯覚を覚えてしまう程だ

 広がる草原の至る所には、蠢く影が見える

 それは、まるで蟻の大群のようだ

 しかも、それらは大群と言っていい規模である

 送られてくる映像を良く観察すれば、それは蟻ではなく

 彼が実家の『放置田ダンジョン』でも闘ったゴブリンだという事が

 分かるだろう

 しかし、彼はそんな事を気にする余裕は持ち合わせていなかった

「ここの『放置田ダンジョン』は、ガチガチのオープンワールド(Open world)型なのか……」

 彼は、唖然としながら独り言ちた

 何の前ぶりもなく『転移』して『ダンジョン』探索を経験した

 彼が見てきたのは、じめじめとした昔ながらの閉鎖空間型のダンジョンだけだった

 だからこそ、『ドローン』より送られてくる開放的な映像に

 戸惑いを隠せないでいる

 また、はるか先には巨人らしき人影が歩いているのが見えている

 その周辺には、それに従うかのようにモンスター達が群れをなしているようだ

「・・・この『世界線』の俺は、なんでこんなわけのわからん

『ダンジョン』に拘っていたんだよ!?」

 思わず叫んだ


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