第3話

「何なんですかね・・・『放置田ダンジョン』って」

 四号ダンジョンと呼ばれる場所から『ダンジョン課』オフィスへ

 戻ってきた彼は、疲れ果てていた

 それもそうだ

 初回調査として7層まで続いていたダンジョン内を隈なく

 探索する羽目になったのだ

 途中で何度か遭遇したモンスターも相手にしなければならなかった

 実家の『放置田ダンジョン』でも三層という低階層だったのでなんとかなったが、

 七層まで続いていると疲労困憊だった

 ダンジョンから戻ってくるなり、そのまま自席に突っ伏すように倒れ込んだ



「海外ダンジョンは、日本国内の『放置田ダンジョン』よりも危険度が高いぞ

 この三年間は、世界的に流行ったウィルスで訪日観光探索者の

 制限があったからな」

 佐藤はそう言いながら、報告書を作成していく

「 ( 訪日観光探索者って何? また新しい言葉が出てきたぞ・・・)」

 彼はそう思いながら、机の上でぐったりとしていた

「今年からようやく入国制限が緩和されて、制限前の七割程度には戻った

 あとは中国からの訪日観光探索者だが・・・それも中国政府が感染拡大後に

 停止していた日本への団体旅行を解禁すると発表したから、これから

 一気に増えるだろうな」

 佐藤はそう続ける

「そうすると、制限前の『爆買い』と『爆狩り』の光景が復活するわけですね・・・

 武装警備員の同期に聞いたんですが、やはり制限中に離職する

 武装警備員が続出だったみたいです

 特に『ダンジョン警備部』が大変だったらしいですよ」

 小肥の男性がそれに応える様に、溜息を吐きつつ応えた

「あぁ、その話は俺のところにも来ていた。

 再び増員予定らしいが、今のところは未定だ」

 佐藤は真剣な表情を浮かべながら応える

( 『爆買い』はわかるが、『爆狩り』って一体なんなんだ?)

 2人の会話を聴いて、彼は心の中で呟いた

 どう考えても、嫌な予感しかしない

「円安の影響も大きいですね・・・

 国内の観光業界はインバウンドの恩恵を再び受けられるので

 ほっとしているかもです

 日本国内探索者業界は相変わらず厳しそうですが」

 小肥の男性は肩を少し落としつつ、力無く呟く



「日本の『探索者』職種は、海外と違って一般職より3kだからな

 海外『ダンジョン』ではドロップする魔石や素材類は、日本国内の

『放置田ダンジョン』ではほとんど採れないから稼ぎにならないし、

 海外は稼げるといってもその分リスクも高い。

 まぁ日本は安全面に関しては世界トップクラスだし、国内は

 海外に比べてまだマシな方だ」

 佐藤は淡々と答える


「そりゃぁ、そうだ。海外から見れば観光もできて自国の

『ダンジョン』よりに 比べたら程よい冒険心も満たされて一石二鳥か

 もしれませんけどね

 それにしても、最近は外国の大手企業が続々と日本に参入してきましたよね

 先月なんて、アメリカの有名動画配信サイトが日本の動画投稿サイトに配信権を

 販売するってニュースもありましたよ」

 小肥の男性が何かを思い出しかのように話し始めた

 それを聴きながら、疲れている身体を起こして彼は手元のノートパソコンで

『ダンジョン』関連を調べ始めた

(本当に何が何だがわからない単語が沢山出てくるな・・・)

 彼はそう思いながら、画面をスクロールさせていく

 その間にも、佐藤と小肥の男性は世間話をしていた

「海外では結構人気かも知れないが、国内では『ダンジョン配信者』は、

 それほど人気ジャンルとはなってはいない

 汚い・きつい・稼げない割には『放置田ダンジョン』内のモンスターは

 多いからな」

 佐藤はそう言いながら、キーボードをカタカタと叩く

「確かに手野グループが管理している『放置田ダンジョン』内部は広いですし、

 海外のダンジョンと比べてモンスターも多い気がします

 ですが、その割には素材類があまり手に入りにくいんですよね・・・

 それに、モンスター討伐による『経験値』も少ないですし」

 小肥の男性は、再び溜息混じりに話す



「それは仕方がない。

 日本国内の『ダンジョン』は、『耕作放棄地』から出来上がっているものだ

 海外の反応と日本国内の反応は違う。

 海外ダンジョンは、どちらかと言えば『宝探し』感覚が強いが、日本では

 あくまでも『仕事』だ。

 それが、大きな違いなのかもしれないな」

 佐藤はそう言うと、パソコンに目を落とした

「あー、確かに海外『ダンジョン』は、主に公共施設などが

『ダンジョン』化していますが国内『ダンジョン』はほとんどがや放置田なので、

 そういった意味では趣が違うかもしれませんね」

 小肥の男性は、納得したように呟く



「これから訪日観光探索者にも開放している『放置田ダンジョン』には、

 規制前以上の 混雑が予想されるだろう

 なにせ円安の影響もあり海外では考えられないほど日本国内の

 物価も安いからな

 それに日本国内『放置田ダンジョン』が訪日観光探索者から人気が高いのは、

 季節により『ダンジョン』内で出現するモンスターの種類が変わる事が

 あるからだ。

 海外『ダンジョン』ではそんなことは起きないし、そもそも季節によって

 ダンジョン内が変化する事はない

 四季折々の景色を楽しむ事が出来き、海外に比べても難易度が低い

 日本国内『放置田ダンジョン』は、訪日観光探索者にとっては観光地だ」

 佐藤はそう言うと、再びキーボードを叩き始めた

「日本政府も観光立国を政策として掲げている以上、それを見過ごす事は

 出来ないでしょうしね」

 小肥の男性は、どこか他人事のように呟く

 そして2人は同時に深い溜息をつく

(何だよ、その『訪日観光探索者』って・・・先も出てきた

『爆狩り』と関連が? 

 あと季節によって出現するモンスターが違うって・・・ )

 彼は、頭の中で様々な疑問を浮かべつつ、いまいちピンと来ていない



「制限前でも『放置田ダンジョン』に入っていたのは、外国人8八割で日本人は

 1割以下だったらしい

 特に冬場の『放置田ダンジョン』は、訪日観光探索者にとって穴場スポットだ」

 佐藤は淡々と話す

「冬装備は日本人探索者に取っては、一式揃えるだけでも

 大金が飛んでいきますからね

 それも訪日観光探索者に取っては、自国の『ダンジョン』で稼いだお金の

 1パーセントを使うだけで手に入るわけですし・・・

 業者に取ってはとてもいい鴨です」

 小肥の男性は、再び溜息をつきながら応えた

「お得意様だと表現しろ。ただでさえ日本人探索者は財布の紐が堅いんだぞ」

 佐藤は呆れた様に反論する

(この世界でも似たような情勢なのか・・・)

 彼は2人の世間話を聴きつつそう思った


「訪日観光探索者は比較的安全な日本なら多少割高でも構わないと考える層が

 多いとは知ってはいましたがそれでも冬場の日本観光をしつつ、

『放置田ダンジョン』へ探索する冒険心旺盛な海外の方は凄いですね」

 小肥の男性は感嘆の声を上げる

「季節により『ダンジョン』内で出現するモンスターの中には、

 海外『ダンジョン』では出現しない

 アモンスターが出現するからだ」

 佐藤は、再びパソコンに目を落とす

「あー・・冬場は特に幻獣や雷狼が出現しますね・・・

 あんなの強くて厄介な割には素材をドロップしても海外と

 比べれば劣化品ですよ

 日本人探索者は冬場に『放置田ダンジョン』へ行くよりはスキー場や

 温泉旅館に泊まりたいと思うんじゃないですかね?」

 小肥の男性は、どこか諦めたような口調で話す

(何だか、色々と興味深いな・・・)

 それを聴きながら、彼は画面に表示されている文字を目で追っていく

「日本人探索者に取っては厄介でも、冬装備一式揃えられるほどの

 資金に余裕がある訪日観光探索者に取っては魅力的な獲物に見えるのだろう」

 佐藤はそう言いながら、カタカタとキーボードを打ち込む

(なるほど・・・)

 彼は世間話を聴きつつ、画面の文字を追っていく



「そうそう、訪日観光探索者で思い出しましたが2023年4~6月期の

 訪日観光探索者の『消費動向調査結果1次速報』が公表されましたよ

 これによると、全国籍・地域の訪日外国人による旅行消費額の総額は

 1兆2052億円、内訳は宿泊費4218億円、買物代3038億円、飲食費2892億円、

 交通費1439億円、『放置田ダンジョン探索消費額』463億円となり、前年同期に

 比べ伸び率は0.6%となっています。

 特に規制緩和後も3年前に戻っているんですが、『放置田ダンジョン』での

 滞在時間は3年前より1.5倍と伸びているようです」

 小肥の男性はそう言うと、マウスを操作しカチカチとクリック音を立てる

「世界規模に流行した流行り病の感染対応策で、日本も3年間水際対策一環で

 入国規制をしてきたからな

 それに訪日観光探索者にとって焦がれていた、日本国内の観光及び

『放置田ダンジョン』探索が解禁された4~6月時期は、その季節にしか出現しない

 水獣や海獣、獣竜などの海外『ダンジョン』では出現しないモンスター達の

 存在がある

 倒せば訪日観光探索者に取っては冒険心が満たされ、極まれに

 レアアイテムがドロップする事も大きい」

 佐藤は、淡々とキーボードを打ちつつ言う

「・・・想像以上に厄介なモンスターをわざわざ苦労してまで倒しても、

 ドロップするのはゴミみたいな鱗ですよ?

 日本人探索者は危険度の割りには収入が少なすぎるから敬遠しているのに」

 小肥の男性は微妙な表情を浮かべる

(・・・何だよ、そのゴミみたいな鱗って?)

 彼は眉間にシワを寄せつつ、世間話を聴く

「ゴミと言うな。訪日観光探索者にとっては喉から手が出る程欲しいものなんだぞ。

 需要がある」

 佐藤はそう応えた



「中国人訪日観光探索者の団体観光探索が本格的に再開することで、

『放置田ダンジョン』で『爆狩り』の急回復が予想されますね

 日本は少子高齢化が進んでいて若者の人口減少が問題視されています

 日本探索業界も 探索者を職とする若者が年々減ってきていると

 聞きますし・・・」

 小肥の男性はどこか諦めたように呟く

「今はまだ噂の段階ではあるが、手野グループは言語学習事業関連の

 計画を進めていて、将来的には世界各国に語学留学させるつもりらしいからな」

 佐藤は淡々と応えた

「・・・3年前の欧州と米国の探索者業界を視察された時の事を覚えてますか?」

 小肥の男性は、しみじみと語りだす

「忘れるはずがない。

 欧州冒険探索業界と米国冒険探索業界の実情を

 肌で感じた貴重な経験だった

 特にアメリカでは、日本よりもダンジョンに関する法整備が進んでいたからな」

 佐藤も懐かしむような口調で答えた

「欧州はやはり国と文化の歴史が違いましたね。

 我々日本人は、西洋の国々と比べるとダンジョンに対して忌避感を持っている方が

 多いですし、欧州では当たり前に行われている探索者免許取得も

 欧州では当たり前に行われている探索者免許取得も、我が国では

 まだまだ一般的とは言えませんし」

 小肥の男性は、佐藤の方を向きながら話し出す

「その視察に同行した江崎は、『今後『ダンジョン課』は、どちらの

 方針なんですか?

 物量の米国流? それとも質の向上を目指す欧州流?』

 なんて言っていたぞ」

 佐藤はそう言いながら、急に彼の名を出しながら応える



「へ!?」

 名を出された彼は思わず声を上げてしまう

「そいえば彼は、視察先の欧州探索者業界の最先端の英国滞在中や

 探索者向けの武器防具類の本場のブタペスト滞在中ふらっと単独行動していた

 事がありましたけど」

 小肥の男性は苦笑しながら話す

「米国探索者業界視察中にもだ。

 少なくとも単独で観光したとは思えないが」

 佐藤はどこか呆れた口調で話つつ、彼に視線を向けてきた

「・・・それから時たま彼に、海外からの荷物が来ていますよね?」

 小肥の男性は何かを思い出す様に口に出した

「江崎・・・お前は視察先で何をやっていたんだ?」

 佐藤は深いため息共に、尋ねてきた

「それは、いろいろとあの時は・・・(そんなの知らんがな!)」

 彼は佐藤の言葉に戸惑いつつ、内心で反論する

「まぁいい。

 それで江崎、随分前から監視担当不在の五号『ダンジョン』をしつこいぐらいに

 担当させてくれという申請書を課長に提出していたが・・・

 喜べ、ついに課長が折れたぞ」

 佐藤は淡々と話し始める

「はい?」

 彼は思わず首を傾げる

 一体何が何なのか理解が追いつかない

 ただ、嫌な予感しかしない



「さすがの課長も、ほぼ毎日更新書を提出され続けられると辟易してな」

 佐藤は淡々と話を続ける

「あの課長を辟易させるって・・・

 いったいどれほど彼は申請書を出していたんです?」

 小肥の男性は、若干引きつる様な表情を浮かべつつ、彼に視線を向ける

「・・・『2,695』回」

 佐藤は淡々とした口調で応える

「・・・江崎君、君はどれほど五号『ダンジョン』にご執心なんだ?」

 小肥の男性が、呆れ切った表情を浮かべつつ彼に話しかけてきた

「あはは・・・(それは俺も知りたいよ)」

 この『世界線』の自分が、何を考えていたのか全く分からないため、

 彼は、乾いた笑いしか出ない

 そのタイミングで、『ダンジョン課』オフィスに繋ぎ服を纏った

 男性が現れた

「失礼します。手野運送です

 こちらに江崎さんはいますか?」

 その男性は爽やかな笑顔と共に、そう言って室内を見渡してきた


「あ、はい、俺です」

 彼はそう言うと椅子から立ち上がると、その男性の方に歩み寄っていく

「こちらにサインお願いします。

 五号『ダンジョン』へ荷物を運搬しましたので」

 その男性はそう言うと、書類を渡してくる

「はい?」

 彼は思わず間の抜けた返事をする

 何故なら、先ほどまで話題に五号『ダンジョン』が

 でたばかりだからだ

「江崎・・・お前、まさか課長が折れるのを見通して用意周到に

 根回しして、準備していたのか?」

 佐藤は、どこか怪しむような目つきで彼を見る

 小肥の男性もどこか疑うような眼差しだ



「いや、これは、その、偶然ですよ(この『世界線』の俺は、

 だから何を考えているんだよ?)」

 彼は、どこか焦りつつ、冷や汗を流しながら応えた

「・・・サインの確認したので。それでは」

 手野運送の男性は、爽やかな笑顔と共にオフィスから出て行った

 彼が席に戻ると、佐藤と小肥の男性がジト目を向けてきた

「尋ねても、どうせのらりくらりと誤魔化すのだろう?

 とりあえず、五号『ダンジョン』に関しての

 定時報告書はくれぐれも忘れるな

『ダンジョン課』のメンバーは、今後手野グループが管理している一号から

 四号『放置田ダンジョン』の激増する訪日観光探索者対策班として

 配属される事になるからな」

 佐藤は、少し不機嫌そうな口調で話し始めた

「はぁ・・・?」

 彼はそれを聞いてもピンとこなかったのか、気のない返事をしてしまう

「今後、五号『ダンジョン』は江崎1人で管理してもらう」

 それを見かねた佐藤は、苦笑しつつそう告げる

「え゛!?」

 彼はそれを聞いて、ようやく理解したのか

 驚きの声を上げた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る