第2話 呪い

メイドになって数ヶ月が経とうとしています。

「よいかラン。掃除とはな、このように埃や汚れを払い綺麗な間を作る事を言うのだ」

「はい師匠!!」

「よいかラン。洗濯とはな、衣服の汚れを綺麗にし、清潔な状態にする事を言うのだ」

「はい師匠!!」

「よいかラン。メイドとは食事も作ることが出来ねばならん。このようにしてな」

「はい師匠!!」

数々の厳しい試練や苦難を越え、師匠に育てられたランはすでに一流であるという自覚が出来てきました。

そしてこの期間で師匠や宝玉について、多くのことがわかりました。

宝玉は城の中庭になんの守りもなく置かれている事、龍皇はそれを忌み嫌っている事。

そして龍皇はこの廃都から出られない事。

「なかなか筋がよいぞラン。食事を用意せい」

「はい師匠!!」

私は廃都を抜けて森に出ます。

兎を四匹、さらに森の木の実やきのこを採取して帰ります。

師匠に教わった狩りの方法はとても役に立ちます。

兎肉を食べるのは師匠だけです。師匠は料理を必要としません。

そのままウサギを引きちぎって小さな口で頬張って食べてしまいます。

私は私できのみを食べながらきのこのスープを飲む毎日です。

「ランよ。メイドというのはな。主人をもって初めてメイドと言えるのだ」

「はい師匠」

「そこでオレはお前の為に主人を見つけてやりたい」

「はい師匠」

「うむ。しかし、オレには残念ながら金はない。そこでな」

「はい師匠」

「中庭にある宝玉を交換に見つけてやろうと思うのだ」

「はい師匠。……え?」

事態は急展開です。私はあの宝玉を手に入れる為にこそこそと情報を集めていたのにまるで隙がありませんでした。

しかし、なんという事でしょう。

チャンスは師匠の手から与えられたのです。

「ほ、本当にいいんですか!?あれは大事なものじゃないんですか!?」

「ん?ああ……。そうとも大事なものだ。だがお前とは契約を成した。叶えてやらねばならん」

メイドにすると言ったのは契約だったんですね。

「よ、良い主人はきっと私の村長むらおさが知ってると思います!いかがですか師匠!?」

師匠は鷹揚に頷きました。

「ではそうしてやろう」

これで村の干上がった井戸に水が満ちる。

あの宝玉は雨を降らせる魔法の宝玉なのだから。

中庭にて。

「割るなよ。どうなるか分からんからな」

「はい師匠!」

宝玉は台座に燦然と輝いています。

周りにはどうやら結界が張られていたようですが、すでに古びていてなんの効果もないみたいです。

「綺麗……」

手に取った宝玉は私の顔くらいの大きさで虹色に輝いてほのかに暖かい。

そっと置いてあった背負い袋に優しく入れます。

顔を上げると師匠の顔がいつになく笑顔でした。

「よいぞ。ゆっくりとこちらへ来い」

そんな手招きなんてしなくていいのに。

「はい師匠」

結界の魔法陣を抜けると師匠の手がスッと私の手を掴みました。

その力は出会った時と同じくらい強くて痛いものでした。

「よくやったぞラン。先払いとはいえ契約は成った。お前にはこれからも色々な事を教えてやろう」

そういうと師匠は背中を示しました。乗れと言う合図です。

師匠の首に腕を回すと、師匠はいつもより遥かにずっと、ずっと高くへ飛び上がりました。

「ラン!!この高さは初めてだろう!!」

「はい師匠!!」

「ふはははそうであろうそうであろう!!そしてここまで来ればな!!」

何か私の中で弾けるような音がしました。

「これでランにかけられた呪いも切ってやった!!行くぞ!!」

瞬く間に風を突き破り、静かな足取りでついた大地は、よく見慣れた私の村でした。

「村長の下へ案内せい」

「はい師匠」

私はまっすぐに村長の下へ急ぎます。さっき言ってた呪いがどうとか、どう言う意味だったんだろう?

「村長!!」

私が入ると村長は驚いたような顔をしています。

「ラン!?馬鹿な!」

「オレの使いに馬鹿とは何事だ」

私の後に入ってきた師匠に村長が顔を歪めます。

「旅の方かな?申し訳ないが外でお待ち頂きたい」

「対価が足らんぞ村長」

「対価?ここはワシの村だ。よそ者がずけずけと……」

「……まぁよい。話はここからでもよかろう。ラン、あれを出せ」

「はい師匠!」

背負い袋から宝玉を取り出す。

「おお……おお……それは!?いや、旅の方、失礼な真似をした!!まさか宝玉を取り戻してくださるとは!!」

「それはくれてやる。オレは成った契約をお前達の法に従って履行しにきたに過ぎん。なぁラン」

「はい師匠!」

「見せてやれ!掃除!!」

「はい!!」

魂の鼓動を聞く。

口の奥からその事を吐き出すように叫ぶ。

そこから巻き起こるのは爆風にも似た風。

家屋は崩れ落ちて舞い飛び、綺麗な空間を作り出すことに成功。

「な……なんだそれは……ラン……?なんなのだそれは?」

村長が怯えています。

「掃除です!」

「そんな掃除があるか……!どこでそんな技を?その女が教えたのか!?」

「はい!師匠です!」

「村長お前にはいくらか聞かねばならん事がある。まず呪いの事だ。ランを何かに換える呪いを仕込んであったな?」

「なんのことだ……ワシは何も知らん……」

逃げようとする村長の頭を細い手で鷲掴みにする師匠。

「ひぃ……!違う!違うんだ!あれはは龍皇を殺す為に死病に換えるだけの術だ!あんたにはなんの関係もない!」

「それではランも死ぬだろう」

「あの子には家族などいない。身寄りもなかった。しかし龍皇を殺せば英雄にもなれる。……誰も悲しまないのだ!」

「……ラン」

「はい師匠?」

「村長はお前が死ぬはずだと思っていたようだぞ」

……私は村長にご飯をもらって生きていました。かびたパンがあればそれを出され、食べきれない残り物をもらっていました。

それでもランは村長に生かしてもらっていただけで感謝の気持ちがあります。

「この村のためなら死んでも良かったと思います」

「とすれば後で契約が変わるな。まあよい。して村長、最後の質問だ。なぜランをメイドとして送り込んだ?」

「……メイド?」

「村長、私にメイドになれって言いませんでしたか?」

「私はその身で奴の冥土になれと言ったが……?」

「言っておるではないか」

「……まさか召し使いと間違えたのか?」

メイドではなかったようです。

「なるほどな。まぁよい。さて村長よ、次の契約を成すとしよう。お前はサンバーク王の血を引いている。間違いないな?」

「なぜそれを……?」

「答えろ」

「そうだ……そうだがあの都市は滅んだ。龍皇によって……」

「うむ。これで契約も完遂というわけだ」

「契約……?」

「今日は何しろ機嫌がいい。お前にも昔話をしてやろう。あれはどれほど昔だったかな。ある日オレのねぐらに白い女が訪ねてきた。

食い甲斐もなく細く白い女だ。ああ、目だけは憎悪の煮詰まった赤色だったか」

今の師匠ですね。

「女は言った。私はあなたの生贄です、とな。この身を食べてくれ、それがサンバークの願いだからと。サンバークの願いを叶えることについてはよいと答えた。オレは聞いたのだ。ならば食われるお前はその身一つで何を望むのかと」

ゆっくりと師匠の顔が村長に近づきます。

「女は言った。サンバークは私一人の命であなたを捕らえ栄えようとしている。それを貴方が叶えるならば、私一人の命でサンバークを滅ぼしてほしい、とな」

「オレはよいと答えた。女は喰った。だか女には呪いがかかっていた。オレを宝玉に招く呪いだ。オレはそれに抗いながらサンバークを焼き尽くした」

宝玉に招く呪い?

村長の顔を見ると村長は明らかに動揺しています。

「お前は……まさか……アラドヴァル……!?」

「おう。我が名は龍皇アラドヴァル。破壊の一柱である。此度は雨の宝玉からオレを解放した見返りにランをメイドにする契約を成した。そしてもう一つ」

私は背中を示した師匠の背中に飛び乗ります。

師匠の姿はみるみる大きく黒く輝いて、まさしくその姿は龍皇の姿。

きっと、あの時の咆哮の主だ。

『我こそは破壊の一柱。これは白き女の呪詛返しである。サンバークの末裔と民、その全てを滅さん』

遥か天空へ舞い上がる龍皇。

その口から青白い火が漏れだし、

やがてそれは豆粒ほどの村に落ちて、私の故郷は跡形もないほどの焦土になった。

やがて師匠はヒトの姿で私の前に立って。

「お前との契約を反故にしてしまったな、ラン」

「はい。もう何も残ってないです。ひどいですよ師匠」

でもどうしてか、それが嫌な気持ちではなくて。

ランは村を見捨てた悪い子です。

師匠と暮らしたのはほんのひと月くらいなのに、ランは村の人たちより師匠の方が優しいと、気づいてしまったのです。

「さてラン。お前は私を宝玉の呪いから解き放ち、さらに遅く遅くなった契約の完遂において重大な役割を果たした。改めて問おうランよ。これに見合う相応の対価を望むが良い」

「はい師匠。ランは師匠が何を言ってるかわかりません。でもランは自分がメイドとしてまだまだってことは分かります。望みを何か叶えてくれることだけは分かりました。だからもっと、出来ればずっと、ランは師匠のメイドでいたいです」

「瑣末な願いだ。それでは相応とは言えんなランよ。だが叶えてやろう。お前の願いが見合うまでそれを仮の望みと聞いてやろう。さぁ、帰るぞラン!」

「はい、ご主人様!!」

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龍皇流メイドの育て方 明日野 望 @asunonozomi5

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