第19話 死神騎士に囲い込まれた「ネクロマンサー令嬢」
「重度のアレルギー反応を起こして動くこともままならなくなったガマーノ伯爵に、愛人として同衾していた貴女が切り付けたんですね。
けど、どうしてガマーノ伯爵の体に、何箇所もの傷を付けたんですか? それこそ体全体が真っ赤に染まるほどに」
これが、エリーゼの抱いた二つ目の疑問だった。
「女性がやったように見せるだけなら、傷は数か所おぼつかないものを付けるだけで良かったでしょうし、蕁麻疹を隠すにしても、あそこまで執拗に傷を付ける必要は無かった。あの傷の数には狂気を感じました」
その質問にカルロッタは、一転して表情を強張らせ、暗い光を瞳に浮かべる。
「憎かったからよ。あの男も、私を道具としか見ない男も」
ぎり、と奥歯を噛みしめて、2人の男に対する恨み言をエリーゼにぶつける。
「気付いてはいたわ。優しくされても、褒められても、私たちの関係に成就が無いことくらい。守られてきたお嬢さんには分からないかもしれないけれど」
筋違いの憎悪を向けられてもエリーゼは、動揺することなくカルロッタを見つめる。
(見返りが無くても、生きる意味を探すために毎日を必死で過ごし、その結果、
諦観の視線を向けられて、カルロッタが一瞬傷付いた表情を浮かべる。けれど、すぐに挑戦的に唇の両端を吊り上げて言葉を続けた。
「だからベッドの――マットレスの隙間に、心ばかりのプレゼントをそっと残しておいたわ。ラグイドの花ひと房と、このピアスの片割れをね。」
カルロッタが頭を振れば、片耳だけにつけられた、細やかな金の環を連ねたピアスがシャラリと微かな音を立てた。
「ふふ、貴女たちはそこへ辿り着けるかしら? 大変なお宝さがしね」
愉悦感を滲ませながら、彼女が言うベッドとは――
(きっとガマーノ伯爵の物ではなく、彼女を利用し、使い捨てようとしている、彼女の最愛の人――ガディリウス公爵のものなんだろうな)
予想はつくが、理解は出来ないエリーゼは、護衛として傍に立つミルマにちらりと視線を向ける。案の定、ミルマは解りやすく鼻の頭に皺を寄せた怪訝な表情になっていた。
(うん、ミルマもわたしと同じで、自分で動くタイプだもんね。権力者に依存するこの
考えても無駄だとばかりに「言いたいことは言い切ったかしら?」とカルロッタの話を断ち切る。すると、どこか悦に入って自分語りをしていたカルロッタは、思いもよらぬエリーゼからの冷淡な反応に、表情を強張らせる。
「貴女がどんな思いで、何のためになんて言うことはどうだって良いわ。この領の無関係な人たちに、この化粧品を売りさばいたことに悪意はなかったと言える?」
「私も使っているのよ? 完全な悪意ではないでしょう」
「伯爵には害意を持って使った物よね。毒になる人がいるって分かった上で、何も注意せず、ただ売り捌いていたわね」
「まあ……そうね」
「わたしを受け入れ、見守ってくれる優しい人たちがいる、このトルネドロスに害を及ぼす人を、わたしは許さないわ」
一番大切で、訴えたかったことを伝える。冤罪は、晴らせればそれに越したことはない。けれど、もう過ぎたこと、成ってしまったことは覆らない。
だからエリーゼは、追放され、バレントと婚姻を結んでから新たに始めた生活で予期せず手に入れることの出来た、人との繋がりを大切にしたいと思う。
「貴女には反省して欲しかった。残念だわ」
呟いたエリーゼを、カルロッタは「お生憎さま、私は私で手一杯なのよ」と嗤う。
最後まで相容れなかったカルロッタとは、その一言が最後になった。彼女はこれから商隊の者たちと共に、まずトルネドロスでの健康被害について訴えられることとなる。とは言うものの、ガマーノ伯爵殺害についての証言と引き換えに、量刑の軽減と、公爵からの刺客から守る引き換え条件を出そうとミシェル辺境伯は目論んでいる。
国境を護り「王国の盾」を自負するミシェル辺境伯と、王都で裁判長の地位に就き「法の番人」として国の内部を護ろうとしている弟ボニファス。この2人がエリーゼの冤罪の立証を皮切りに、ガディリウス公爵の王位簒奪を阻止して行くことになるのだが、それはもう少し先の話―――
聴取を終えたエリーゼを、バレントはバルコニーへ誘った。用もないのに誘われたのは、婚姻後初めてのことで、若干面食らいながらエリーゼはバレントの傍に立つ。
辺りはすっかり陽が落ちて、辺境の地の空には眩しいほどの星々がきらめき始めていた。
「エリーゼ。知りたいことは、全部聞き取れたのか?」
「はい。彼女の心理面で理解できない部分もありましたが、首尾よく必要事項は確認できたかと思います」
業務的に答えるエリーゼに、がっくりとうなだれたのはバレントと、少し離れて立つミルマだ。
「いや、そうじゃなくっ。俺は貴女の感想をだな!? ――っ、どう言ったら良いのか、情けないことに俺には全く想像もつかんのだが……」
頬を赤らめてガシガシと髪を掻くバレントは、大きく深呼吸をすると、表情を引き締めてエリーゼに向き直る。
「少しはエリーゼの支えになってみせたいと思ってるんだ。今更だが――君を救えてよかったと、心の底から思っている。誰よりも、この土地を大切にしてくれる君が来てくれて、本当に喜ばしく思っている。ありがとう、エリーゼ」
「わわっ! 急にどうしたんですか!? 感謝するのはわたしの方ですよ!?」
「これは、どちらがなんてものじゃないだろ? 俺の気持ちだ、受け取れ」
「押し売りはいりませんよぅ」
喧嘩なら幾らでも買えるが、逆は経験がないからか、相手がバレントだからか、どうにも気持ちがソワソワし、心臓がドキドキと跳ねて、たじたじとなってしまうエリーゼだ。けれど、身を引いた分、距離を詰められてしまう。思わずバルコニーの手摺に縋る様に手を付いて、よろける身体を支えた。
「それに、理由が分かったから、なんともやりきれない気持ちになっちゃってるんですから。ガマーノ伯爵を癒しの力で助けられなかったのは、
しょんぼりと俯くエリーゼの傍に、そっとバレントが寄り添って立つ。ぴったりと寄り添う訳でもなく、こちらの気持ちを尊重して、控えめに近くに居てくれることに安堵を感じる。
「家族総出で救えなかった命が、どうしてだったのか――何としてでも理由を知りたかったけど。知ったところで、遣る瀬無いことに結果は変えられないんです。死者を弔う
「そうだな。だが後悔しない人間はいないし、それを知っているからこそ今を精一杯生きようとするんだろ? 俺はエリーゼのその姿勢が好ましい。婚姻を強引に運んでくれた父上や叔父上に声を大にして感謝を叫ぶほどには、な」
クスリと笑う気配がして見上げれば、優しい視線が包み込むようにじっとこちらを見詰めている。「やらないでくださいよ。この先は騎士団屯所があるんですから」と小声で突っ込みを入れるミルマの声に、気恥ずかしくなってそちらへ視線を逸らせば、何故かバレントに、何かを急かして握った拳を「行け」と小さく突き出している。
なにを? と考えている間に、再びバレントが口を開く。
「君を手放す気は無いぞ? 伊達に、身動き一つできない負傷兵を両腕に抱えて戦場を走り回り、死人を連ねる死神騎士などと呼ばれているわけではないからな。手放したくないエリーゼを腕の中に囲って出さないようにする程度、容易い」
「かっ、囲う?」
「あぁ」
ふわりと、両腕で大きな輪をつくってエリーゼをその中へ閉じ込めるバレント。
腕や胸がくっ付いているわけでもないのに、バレントから伝わって来る暖かさがある。
「フォンタール家に居た頃は、王家にがっちりと囲われ生き苦しかったですけど、バレント様の、この緩やかな囲いは、あたたかく穏やかで――ここに居たいって思わせてくれますね」
「ずっと居ると良い。――いや、手放さないと言ったばかりだ」
「ふふ、そうでした」
言い合う2人はとうに夫婦なのだが。
ようやく夫婦らしい第一歩を踏み出した2人。彼らの前途を表わすかのように星々が清浄な輝きを降らせる。
そのバルコニーの影で、情に篤く、次期領主夫妻への愛が強い辺境騎士たちが、ひっそりと快哉を叫んでいたのは星たちのみぞ知る―――。
これはミステリー!?死神騎士に嫁いだネクロマンサー令嬢は、ついでに死者の謎を追う
《 完 》
―――――――――――――――――――
最後は駆け足となってしまいました。
とりあえず、期限内に最終話までアップ致しました~!
ちょっとだけ、続きがあるなら明かされる真実をちょっぴり補足します。
ガマーノ伯爵を国王陛下に推挙して、マイセルとの友好関係を築く礎とすべきと働きかけていたのはガディリウス公爵でした。なのにエリーゼに罪を被せ、その伯爵を弑したのは、国王の権力の象徴である、王族だけが抱える事の出来る奇跡の力フォンタール一族にケチをつけることによって、国王への国民の信頼をゆるがせようとしたから。
目的は国王の権威の失墜であり、隣国の手を借りたクーデターで、ガマーノ伯爵は隣国から計画成功のために差し出された駒だった。
そんなお話でした。
およみくださり、ありがとうございました!
これはミステリー!?死神騎士に嫁いだネクロマンサー令嬢は、ついでに死者の謎を追う 弥生ちえ @YayoiChie
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