第11話 既成事実を作った「血塗れ奥方」


 療養区画へ運び込まれて来たのは、トルネドロスの街を巡回していた8人の騎士だった。


 8人はともに体に幾つもの剣による切傷や挫滅傷、骨折などあらゆる怪我を負っており、迅速な治療が必要なのは明らかだった。


「奥様、悪いがあんたの相手をしている暇は無くなった! すぐ立ち去ってくれ!!」

「お断りします! 怪我人を前にして退くなんて冗談じゃないわ!!」


 声を荒げる隻眼の厳めしい大男と、同じくらいの大声を張り上げたエリーゼは一瞬激しく睨み合う。けれども一歩も引かぬ様子を見せるエリーゼに、男は舌打ちをすると「邪魔だけはすんな!!!」と怒鳴り声に似た声を上げて怪我人を治療する準備に取り掛かった。







「これはどういう事だ……」


 治療と云う名の戦いを終えた療養区画処置室に、トルネドロス辺境伯軍団長――バレントの低い声がひっそりと響く。


 血まみれの騎士らが運び込まれたのは、太陽が中天を越えるよりも前だったのだが、今は窓から差し込む陽射しに、朱色が混ざり始めている。


 バレントは、運び込まれた騎士の数と傷の酷さから、治療室は未だ戦場の様相を呈しているだろうと考えていた。少しでも助けになればと、采配を取っていた現場の混乱を迅速に鎮めるや、この場へやって来たのだ。ちなみに騎士らを襲ったのは、エリーゼを追って来た者達だったのだが、既に全員の身柄を手中に置いている。彼らにはミシェル辺境伯によって、手厚いもてなしが与えられ、この地に骨を埋めることになるのだが、それは別の話。


 慌ただしい中を縫って少しでも部下らの命を繋ぐ助けになればと、訪れてみれば意外なほどの――いや、予想だにしなかった穏やかな光景に出くわした。

 しかも中心にいる人物を目に留めて、バレントは呆然とするしかなかった。


 全身を包帯に包まれた男たちと、大量の赤黒い染みに染め上げられた騎士服が部屋のそこここに散らばる室内。そんな惨状とも言える場所に在って、自らの着衣も誰かの血に汚れた状態で尚、爽やかに笑い合う患者と衛生兵、それにエリーゼ。共に苦難を乗り越えた絆さえ感じられる様子に思わず目を奪われたのだ。


 周囲はエリーゼと、衛生兵を取り纏める隻眼の大男を中心に、患者と衛生兵らが今回の手強い戦いを共に乗り越えた達成感と安堵から笑顔を浮かべ、得も言われぬ一体感に包まれている。


「いやー、まさか奥様が怪我の具合を確認するって言うなり、大の男を軽く転がしていとも簡単に剥いちまうなんて思ってもみなかったぜ」

「治療するなら状態の把握が第一ですからね。治療は思い切りと迅速さが第一。それから繊細で綿密な分析が必要になるんですよ。第一段階でまごついてるわけにはいかないでしょう!」

「けどなぁ、幾らごついって言っても女の細腕だ。あの力と思い切りは俄にゃあ信じられんかったぜ」

「だから王都の治癒の要であるフォンタールの長女だって言ったじゃないですか。けど貴方の見立ての速さは素晴らしかったです! 剣捌きを傷から読み取って、止血縫合を的確に部位毎に指示する正確さ! あれは剣を知っている騎士団の方ならでわですね!」

「まぁな! 俺たち衛生兵だって元はと言えば前線の兵士だった奴が多いのさ。瀕死の重傷を負ってバレント団長に助けられた恩返しに、裏方に留まって出来る限り力を尽くそうと誓ってるんだ。激しい戦地で瀕死の騎士を両腕に担いで、絶対に生かしてやるって励まし続けてくれた団長の姿を見て、死人を連ねる『死神騎士』なんて言う奴らは全然分かっちゃいねぇんだ! あの方も俺たちも、命の重みを誰よりも分かって、全力を注いでるんだ!」


 ハハハ! と大声で笑い、砕けた口調で語り合うのは、厳めしい衛生兵と居合わせた騎士、患者、そしてドレスを血塗れにしたエリーゼだ。


「聞こえているのか!? これは一体どういうことだ!」


 今度は、はっきりと声を張り上げたバレントだ。そこでようやく弛緩した処置室の雰囲気がピリリと引き締まり、全員の視線が彼に集まった。


「私の妻が、ここで何をしている」


 バレントの視線はエリーゼに固定されていたが、そう問われて今まで大口を開けて笑っていた隻眼の男が顔色を青くする。ここへ来て漸く、一緒に血まみれになり、怒鳴り合いながら治療に携わった相手が、貴族で、団長の奥方だと云うことに思い当たったのだろう。


「治療をしたんですよ。処置は早ければ早いほど良いですから。今日の彼らは、リハビリは必要になりますが、復帰は出来ると思います。わたしの腕はここでも通用することを確信しました! 命令書の件、是非ここで果たさせてください」


 満足げに顔に掛かった解れ毛を払い除けるエリーゼだが、手に付いていた血糊がそのまま顔に残る。バレントは一瞬ぎょっと目を剥いたものの、悪びれず、爽やかな笑顔さえ浮かべるエリーゼを思案顔で僅かに見詰めた後、「好きにしろ」と言い残してその場を立ち去った。


 こうしてエリーゼは、彼女の思惑通りの『既成事実』を作り、第2の人生における居場所を確保したのだった。

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