第7話 刺客続きの「しくじり令嬢」

 最初の宿での騒ぎ――あれが偶然の出来事かと思いきや、それからも宿や街道で騒ぎに出くわすことが続いた。


「旅って……こんなに危険なものだったなんて」


 愕然とエリーゼが項垂れたのも仕方がない。


 王家からの保護と云う名の軟禁で、フォンタール家の人間は王都を離れることが許されない。力はないが血筋を引くエリーゼは保護対象だったから、この追放が初めての旅と言えるものだった。だが、これでは処刑を温情で追放刑に軽減されたというのに、早晩同じ結末を迎えるのではないかとまで思える、刺客に極振りしたトラブル続きだ。


 今日もまた、街道途中の林に囲まれた休養地で、馬車を襲った正体不明の黒ずくめ集団を、数の不利をものともせず返り討ちにした同行者らに感嘆しつつ、そっと溜息をつく。目敏くそれに気付いたミルマが爽やかな笑顔で腰に佩いた剣の柄に手を添えて、護るアピールをしてくれる。


「大丈夫です! トルネドロス辺境伯軍が総力を挙げて御護りいたしますから。絶対に暴漢には指一本触れさせやしませんよ」


 とんでもなく男前だ。女性だけど。


「ミルマ、物事に『絶対』はない。軽々しい発言はするな。憶測や理想ばかりの楽観的な考えでは思わぬところで足元をすくわれるぞ。最後の一秒たりとも気を抜くな」


 対して身元引受人であり、この旅で就寝時以外、常に最も近くに居るバレントは、相変わらず気安い雰囲気とは無縁で、堅苦しすぎる言葉を吐いて世の乙女たちを幻滅させる勢いだ。


 今回の旅もひと月を超え、周囲の騎士らとも随分打ち解けた。自分を監視する立場のバレントが、一歩引いた対応なのは仕方がない。それでも理不尽な言動を向けられることは一度も無かったから、エリーゼは思い切って口を開く。


「希望は大切だと思いますよ? 死ぬときは呆気ないものなのですから。それまでは希望をたっぷり心に詰め込んで幸せな気分で居た方がいいと、わたしは思います」

「希望ね……――希望的観測は最後の判断を誤らせる。常に最悪を想定するからこそ命永らえることができる。俺はそう思うがな」


 何度も途絶える命を看取ってきたエリーゼは、動き言葉を紡ぐ「自由な生」がなによりも掛け替え無いものだと信じている。だから堅実過ぎてトキメキ要素ひとつないバレントが、窮屈すぎるように見えて仕方がない。もっと生命を謳歌して欲しいと持論をぶつければ、即座に弾き返す勢いで反対意見が帰って来た。刺客らは生死を問わず警吏へ引き渡す事になる――と、仕事をさせてもらえないことも併せて、バレントとはどうにも気が合わないらしい。


(まぁ、この人ともトルネドロスに着くまでの付き合いだものね。刑罰として送られるんだもの、きっと着いた後は下働きとか、重労働とかに就くから、次期領主になろうお方に会うことも早々ないわ)


 冤罪を晴らす望みを叶えるため、下手に睨まれないよう、あまり突っかからないことにしなければ……と、エリーゼは「むぐぐっ」と唇を引き結んだのだった。







 バレント・ミシェルの故郷であり、ミシェル辺境伯の治める領地トルネドロス。


 そこへ辿り着いたのは、出立から実に2か月を経た後だった。


「お・エリーゼさま! 見えました、あれがトルネドロスへの関所ですっ」


 馬車の外から聞こえる弾んだ声は、騎馬で伴走する騎士ミルマのもの。彼女とはこの旅を通して随分仲良くなれた気もするが、そんな心地好い関係――護送も、もう終わりとなる。結局ミルマが呼び掛けてる時に付ける「お」の謎冠詞については分からないままだ。


 旅が終わる――その事実に、エリーゼはなにも持たぬ自分に出来るせめてもの礼儀を尽くそうと、正面に無言で座するバレントに頭を下げた。


「ミシェル様、王都からの道中、大変お世話になりました。押し付けられたわたしを、丁重に遇してくださり、ありがとうございます。到着しましたら、もうお話しすることも無いと思いますので今のうちに――」

「なんだと!?」


 ここまでの礼を伝えたつもりだったが、険の有る声で遮られてエリーゼはびくりと身体を強張らせる。


(なんで怒るの!? 街へ入ったら、わたしはそのまま収監されるだろうから先にお礼を言っただけなのに!!)


 混乱するエリーゼを余所に、馬車は街を滑る様に通り抜け、幾つかの石壁と門を潜ってゆく。バレントは、さっきの一言以降、むっつりと押し黙っている。そして遂には想像していた暗くて淀んで不潔な収監場所――とは全く異なる、小高い丘の上に堂々たる佇まいを見せる屋敷の前で軽やかに停車した。


「は? ここは――」


 ぽかんと目と口を開いたエリーゼの前をさっと横切り、バレントが慣れた様子で外から開かれた馬車の扉を潜る。扉を開けた身形の良い壮年の男が「お帰りなさいませ」と声を掛けているところを見ると、ここはトルネドロス領主であるミシェル辺境伯の屋敷と云うことになる。


 さっさと地面に足を付けたバレントが、こちらに手を差し出しながら胡乱な視線を向けて来る。


「貴女には不本意だろうが、今日からここへ私の妻として留まってもらう。この件は叔父である裁判長からの依頼あってのこと。望んだことではないのはお互い様だ。さっきの一言で、貴女の考えはよく分かった。――せいぜいご希望に添えるよう尽くさせてもらおう」


(妻? 追放されたわたしが、辺境伯子息のバレント・ミシェル様の奥方って!? いえ、それよりもわたしの希望に添えるようにって、もしかして「もうお話しすることも無い」ってアレ!? まずった―――!??)


 追放先で待っていたのは、陰謀や秘められた事情の匂いがぷんぷんする上に、初手からしくじった感溢れる婚姻だった。

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