第29話 【テキーラ】


「こうじさん、お土産たくさん買い過ぎたから私、先にホテルの部屋に帰ってていい?  今日はこんくらいにしとく。今夜はお墓参りだし、休んどく」 三時半を過ぎた頃だろうか、つかさが急にそう言いだした。

「うん、いいよ。泳いだし、今朝は早かったから疲れたでしよう。俺ももう少し見て回ったら帰る。 俺も少し休まなきゃ」私もつかさと一緒に帰っても良かったが、つかさもひとりになりたい時間があるのだろうと、あえて、先に行かせることにした。

「気をつけて帰ってね。道分かる? あっ、ごめん、完全記憶能力者やった」

「うん」つかさはお土産の袋を抱えたまま、親指をたてて返事をするとそのまま帰って行った。人通りも多いし、大丈夫だろう。

つかさが帰って約一時間、私は教会の周りをひとり歩いていた。グアナファトと違って坂は少ないので、杖は持ってこなかった。私の歩く速さを考えたら今帰ったとしても、つかさには一時間半の余裕があると考え、ぼちぼち帰るかとホテルへ向かってゆっくり歩き始めた。途中、お土産屋や酒屋などがあったが、見るだけで中には入らなかった。 太陽はまだ高く、汗は出ないものの、少し暑いなと感じた。そして、5時半頃やっとホテルに私は着いた。最初、入り口の屋根の上に置いてあるように見えていたテラコッタは、もうちゃんと二階の物に見えた。

部屋に戻って私は異変に気付いた。つかさがいない。どこだ? まだ帰ってないのか? いや、部屋のドアは空いていた。トイレか?  部屋を見渡すと、テーブルに透明な液体が六割ほど入った口の細長い瓶があった。テキーラだ。テキーラとはメキシコの蒸留酒、昔は、サボテンから造るのだと思っていたが、正確には、多肉植物の竜舌蘭から造るらしい。サボテンのようなアロエのような蘭、日本でも観賞用で見かけたことがある植物が原料らしい。アルコール度40パーセントでビール等に比べるとかなり高い。私たちの年代は、「テキーラの夢のあと ベッドに君がいた」という大瀧さんの『ハートじかけのオレンジ』という曲で知っているが、これはメキシコの話だったのかと今さらながらに思う。まさにベットの色はオレンジだ。

「ううん、お帰り」

つかさだ。つかさが二つのダブルベッドの狭い間にうずくまっていた。「つかさ、どうした?

まさか、テキーラ飲んだ?」

「う、うん。 飲んだ。ウェーっ、気持ちわりぃ」

「あははは、早く帰りたいって、テキーラを飲みたかったのか。大丈夫?

アルコール度数高いからきけたやろ?」

「おとといのワインみたいなもんかと思って飲んだら、クラクラした。美味しくない」

「凄いな、つかさ、19歳にしてもう飲んべぇやん」

つかさの顔はピンク色の頬になって、なんとも色っぽかったが、具合悪そうで気の毒でもあった。

「ナイトツアー、7時出発だけど大丈夫かな?  水飲む?」

「行く行く、行かなきゃなんのためにここに来たのか…はあー」

私は、水を飲ませ、ベッドに横にならせた。ここで、つかさに手を出したら、未成年に酒を飲ませて・・・ 完全に犯罪になってしまう。私は酔っ払ったつかさを慎重に扱った。出発まではあと一時間ちょっとしかないが、食事はナイトツアーに付いているし、つかさの回復を黙って待つだけだ。私は、また、つかさの顔を隣のベットに座って眺めながら、これまでの事を書いた。

酔っ払いやがった。やるじゃないか、つかさ。いよいよ帰る前になって、なんか面白いことやってくれるのかな?

ピンク色の頬のつかさはほんとに可愛く、キスしたくなるのを執筆で必死に抑えた。集合15分前になって、つかさを起こしてみた。


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