帝の都(三)

 ちょっと、都をなめていたんだと思う。

 私が思い描いていたよりずっと整備されている様子だし、多くの人が暮らしているらしい。

 

 通りは商店街のように店が並び、露店も混じり賑わっている。

 米に野菜、魚が並ぶ店や金物店らしき刃物が並ぶ店、反物屋もあるようだ。

 店先に立つ人とお客さんがそこかしこで談笑し、商品を売ったり買ったりしている。


 誰もが小奇麗な着物姿で、穏やかに暮らしているように見える。幸福度指数が高そうだ。


 お店の子らしき子どもたちが走り回る姿もあり、その子たちも含め皆がトキヒト様に気付くとその場で頭を下げた。


「トキヒトさま! こんにちは!」

「トキヒト様、ちょうど餅をついたところです。よろしければ召し上がって行かれませんか」

「トキヒト様、うちにもぜひ寄って行ってくださいましね」


 トキヒト様は住人達にとても慕われているようだ。

 通りに連なる店のいくつかを覗いて歩く間、ひっきりなしに話しかけられ、足元に常に小さな子どもがまとわりついている。


 うんうん、と鷹揚に頷きながら応対するトキヒト様も、どこか楽しそうにしている気がする。

 慕われながらも、敬われ、敬意が払われている。


「餅はお好きですか?」


 にこやかに応対していたトキヒト様が、私を振り返った。その手には、いつの間にか大福らしき餅がふたつ乗った皿がある。

 促されるまま、店先にあった木でできた椅子に腰かけた。少しだけ、間を空けてトキヒト様も腰かける。


 いいんだろうか、私みたいな者と並んで座っても。いや、トキヒト様本人が良いなら私がどうこう言うことじゃないんだけど。


「お餅好きです。いただきます」


 布の隙間から手を伸ばすと、餅はまだほんのり温かくて柔らかい。

 ちらりと隣を見れば、トキヒト様がもう一つの餅を片手にもぐもぐと口を動かしていた。上品な所作ではあるけど、やってることは買い食い、というか貰い食いである。

 この格式張らない偉ぶらないところが人気の秘訣なのだろうか。


 かぶりついた餅は本当に餅だった。ほんのり塩味はしてるけど、素材の味がする。

 具なし。醤油も海苔ない。こういう食べ方をしたことはなかったけど、意外といけるものですね。

 大福だと餡子がちょっと苦手なのでありがたい。

 つきたてのお餅は柔らかく、悪くない。おいしい。


「おいしいです」


「それはよかった。こちらの食事に不満はございませんか? もしかしたら多少味気ないように思われているかもしれないと心配しておりましたが」


「まあ、そうですね。正直に言いますと味にパンチがないな、とは思います。でもそれはそれとして、美味しくいただいていますよ。むしろ健康的で良いと思ってます」


 丁度良いデトックスになるとか思っています。


 ハンバーガーとポテトチップスとから揚げが食べたいと思わないわけではないし、ビールとコーヒーが飲みたいと思わないわけではないけど、まあ出てくる食事はおいしいと思う。


 毎食お膳に白米とおかずが何品か出てくる。

 ほんのり効いた塩気と旨味で焼き魚も煮物も汁物もみんなとてもおいしくいただいている。

 全体的にお上品な京料理、って感じだけど、今のところ不満に思うようなことはない。現代人的にはジャンクフードが多少恋しいぐらい。


 お店の人が持って来てくれた、トキヒト様を経由して受け取った茶碗の中身はちょうどよい温度の白湯である。どうやら少し冷まして持って来てくれたらしい。

 丁寧な心遣いを感じる。


「とても良くしていただいて、感謝しています。何か私にお返しできることがあればいいんですけど」


 破格の対応だと思う。

 今日、こうして町に出て改めてそう思った。


 御所で出されている食べ物。私が着ている着物。トキヒト様によって提供されている生活は、とても良質なものだ。

 たぶん平均ではない、飛び抜けて良い物を与えられていると思う。


 他所から来た者に対するこれが都の、トキヒト様の考え方でおもてなし、ということなのかもしれないけど。


「せめてもの心尽くしでございます。良き都であったと、そう思っていただければ、それが何よりの返礼でございますよ」


 こういうのを、徳が高いというのだろうか。 


 良き都、なんだと思う。

 あくまで私が見た狭い範囲での話ではあるけど、治安の悪さや荒んだところはない。子どももお年寄りも皆んな元気で、活気がある。


 誰もが優しい。生活に余裕とゆとりがあるからこそのことだと思う。


 そういう、政府の実験的な……?


 でも、この町の規模感と龍がなあ、と思いながら空を見上げるが、あれ以来あのにょろっとした姿は一度も見ていない。


「あなた様は、普段どのような生活をされているのですか?」


 仕事人間です。

 生活に余裕とゆとりがなく、みんながギスギスしていがみ合うことの多い世界で、キリキリ暮らしています。


「働いています。朝から晩まで働いて、お客様に頭を下げて、あっちにもこっちにも頭を下げて。まあ、それなりに満足はしてますけど。営業……商品を売り込む仕事です」


 少し離れたところで、幼児三人が布を丸めたと思われるボールを蹴り回して遊んでいる。そして、それをにこにこと見守る大人たちがいる。

 赤ちゃんと抱いて店先に座っている人はお母さんだろうか。その後ろでお客さんの相手をしているのはお父さんかな。絵に描いたような幸せ家族だ。


「商いをされておいででしたか」


「……そんなようなものです」


 別に、私は私の暮らしにも生き方にも不満はない。

 働いて売り上げを上げて結果を出し成果を出す。きっとこれからもずっとそうやって働いて暮らすんだろう。

 性に合ってるんだろうな、と思うし、自活するには困らない程度に給料も貰って、休みもあって、適当に美味しいものを食べて好きなことをしている。


「立ち入ったことをお聞きいたしますが、ご家族は?」


「父と母が、あとは弟が一人」


 就職と同時に家を出た。そう実家から離れてはいないけど、悠々自適の一人暮らしは気に入っている。


「そうですか。さぞあなた様の身を案じておられることでしょうね」


 しんみりと言ったトキヒト様の言葉に、私も少し寂しさを覚えた。寂しさと、申し訳ない、という思いがある。


 家族仲は良好である。べったりと言うわけではないけど、適度な距離感でたまに顔を見せに行くし、連絡を取り合っている。

 娘が行方不明になれば心配する両親だと思うし、手掛かりを求めて家捜しとかする気がする。

 別に見られて困るものはない。ないんだけどね。


 うん。まあ、しょうがないんだけどさ。

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