第37話 ホームパーティー

 ファミレスでの勉強を終え店の外に出ると、冬の空はもう真っ暗になっていた。

 北風が冷たく体に吹き付けてくる。


「夕貴、同じ方向だから送ろうか?」

「いや、いい」

「いいよ、遠慮しなくて」

「駅の本屋で参考書買って帰りたいから、遠慮じゃないって」

「わかった、気を付けてね」


 僕が頑なに拒むのを見て、葵はそれ以上誘ってくることはなく迎えの車が着ているファミレスの駐車場の方へと歩みを進めていった。


 本屋に用事があるのは嘘だった。そんな嘘をついてまでして、一人になりたい気分だった。

 冷たい北風を受けながら駅に向かいながら、頭に浮かんでくるのは葵と高橋さんの関係だった。

 星のように目を輝かせていた羨望の表情をみせ、甘い笑みを浮かべて高橋さんと肩を寄せ合っていた葵。そんな葵を今まで見たことがなかった。


 付き合っているからと言って葵のすべてを知っているわけではないが、それでも僕の知らない葵を知っている高橋さんに激しい嫉妬を覚えてしまう。

 彼に嫉妬したところで、知力も財力も社会的地位も何もかも僕とは違いすぎる。

 もし葵が僕ではなく彼と付き合うと言われたら、止める資格はない。


 嫉妬と諦めの感情が入り混じった複雑な思いを抱えて、帰宅ラッシュで混み合う電車に乗り帰路に就いた。


◇ ◇ ◇


 テストも無事に終わり迎えたホームパーティー当日、制服に着替えている姿を見て疑問に思った母親が尋ねてきた。


「日曜日なのに、学校なの?」

「いや、葵の知り合いのホームパーティーに招かれて一緒に行ってくる。夕飯までには戻るから」

「ホームパーティー!?制服でいいの?」

「葵に聞いたら学生なんだか制服で良いって。それに、よそ行きのお洒落な洋服なんてもってないでしょ」

「それもそうね。まあ、楽しんでおいで」


 女の子の格好をするようになって半年以上が経つが、カジュアルなものばかりでフォーマルに使えそうな服は持っていない。

 一着ぐらいフォーマルな場面で使えるワンピースが有ってもいいかも、最近工場の方も順調だし親におねだりしてみようかなと、昔なら思いもしなかったことが頭に浮かんでくる。


 粗相のないようにと再度念を押した母に見送られ、葵との待ち合わせしている駅前のロータリーに行くと、葵の乗っている黒の高級車がすでに止まっていた。

 僕が近づくとドアが開いた。


「よろしくお願いします」


 運転手の黒沢さんにあいさつすると、車のエンジンがかかり走り始めた。


「葵は制服じゃないんだね」

「まあね。パーティーには華がないとね」


 見目美しい葵が着ている薄紫色のワンピースは、確かにパーティーに華やかさを与えるのは間違いないだろう。


◇ ◇ ◇


 数十分後、高いビルが多い都心においても目立つ高さのタワーマンションの前で車は止まった。

 車から降りると無理だと思っても、思わず上を見上げて何階建てなのか数えてしまう。


「ここなの?」

「そうよ」


 

 僕が数え終わるのを待たずに素通りしていった葵を追いかけると、葵はインターホンを操作していた。


「上園です」

「どうぞ」


 自動ドアが開き中に入ると、まるでホテルのロビーのようなエントランスが広がっていた。

 このエントランスだけでも、僕の家の工場よりも広そうだ。

 呆気にとられた僕に構うことなく、葵はエレベータに乗り込んでいった。僕も慌ててエレベータに乗ると、葵は36階のボタンを押した。


 僕の家よりも広いリビングの天井にはシャンデリアが飾られており、木目調の高そうなテーブルの上には、ローストビーフやお寿司などご馳走が並んでいた。

 すでにホームパーティーの参加者は何名かきており、その中に外国人もいてシャンパングラスを手に楽し気な笑みを浮かべていた。


「今日は来てくれて、ありがとうね。上園さん今日のドレス似合ってるよ。ちょっと合わない間に、大人っぽい服も似合うようになったんだね」

「いつまでも子供扱いしないでよ。でも褒めてくれて、ありがとう。あっ、そうだ、これ両親から」


 葵は手に持っていた紙袋を高橋さんに渡した。


「富士屋のケーキか、ありがとうね。デザートで出そうかな」

「うちはケーキと言えば、ずっと富士屋なのよね。最近はもっとおしゃれなお店いっぱいあるのに」

「まあ、老舗は安定感とブランド力があるしね。ご両親にありがとうと伝えておいて」


 富士屋のケーキが不満でちょっと拗ねた表情の葵を、彼は葵の意見も否定することなく窘めた。

 そんな彼の振る舞いに、大人の余裕を感じた。


 がっつくのも行儀が悪いとわかっていながら、料理のおいしさに一皿目をあっという間に平らげてしまった僕は、お代わりをもらいにテーブルへと近づいて行った。

 ローストビーフを皿に取ろうとすると、突然英語で話しかけられた。


"Are you a high school student? Or are you in middle school?"

「イエス、アイアムハイスクールスチューデント」


 白人の男性が話している聞き取りにくいネイティブな発音でも、唯一聞き取れたハイスクールという単語から、「高校生か?」と聞いていると推測して応えた。


"The school uniforms of Japanese high school girls are cute, aren't they?"


 こうなるともうお手上げだった。何を言っているか分からず、笑ってごまかすしかない。


"In Japan, many students choose schools based on their uniforms, so there are many cute designs."


 いつの間にか隣にいた葵が、ネイティブのような発音で僕の代わりに答えてくれた。

 そのあとも二人で英語で会話を続けているが、僕には何を言っているのかわからない。


 疎外感と劣等感を覚えた僕は、壁側に置かれた椅子に座りローストビーフを口に入れた。

 ローストビーフは薄くスライスされた肉は絶妙なピンク色で、噛むたびに肉の旨味が口いっぱいに広がった。

 その味を堪能しているところに、二人の男女が僕を挟んで左右に座った。

 男性の方はノーネクタイながらジャケットは着ており崩れたところがない。

 女性の方も葵のような派手なドレスではないが、上品なワンピースで洗練された印象を受けた。


「君が下野さんかな?」

「はい、そうですけど、どなたですか?」

「こりゃ、失礼。高橋の友達で斎藤です。僕も会社をやっていてね、今日は高橋の知り合いの投資家が集まるって聞いてきてみたんだ」

「私は斎藤のパートナーで副社長の三谷です。ほんと言われないと、男子には見えない」

「まあ、そうですけど」


 男子なのにスカート履いている僕に興味本位で見に来たようだった。

 パンダのような珍獣を見る目で見られるのは好きではないので、無礼ではない程度に警戒しながら接することにした。


「そんなに警戒しなくていいよ。実はね、最近LBGTの理解が進むにつれて男性でもスカートとかワンピースを着るようになると思って、男性向けのレディースブランド立ち上げようと思ってるんだ」

「それでね、ちょうど今日下野さんが来るって言うからリサーチしたいの」

「リサーチ?」

「男性がスカート履くといろいろ悩みとか問題点とかあると思うけど、それを教えて欲しいの」


 大人二人に頭を下げられると断る訳にはいかず、くびれがなくてスカートの位置がおかしくなるとか、肩幅の広さを誤魔化すのが難しいなど、普段気になっていることをした。


 二人とも聞き上手で、タイミングよく打たれる相槌や興味深そうにうなずきながらメモを取る様子に、僕は気分がよくなり最初の警戒をほどいて饒舌になった。

 気分よく話しながらも、テーブルをはさんで向かい側にいる葵を時折見ていた。


 葵は外国人を含む大人相手にも物おじせず話しかけ、楽し気に会話をしている。

 葵のホームパーティーに慣れている様子に、僕は葵とは住む世界が違うと感じていた。

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