決着の付け方

 目の前にオズロが座っている。小さなテーブルの上に組んだ両手を乗せている彼は、少し疲れて見えるけど穏やかな顔をしている。


 あまりにも毎日、脳内のオズロと会話をしてきたので、本物とどう話せば良いのか分からなくなってしまった。


(えっと、森でもオズロの家でもないから⋯⋯)


 そもそも、もう調査は終わった。森の相棒の約束も終わっている。


 私は立ち上がって丁寧にお辞儀をした。


「助けて頂いて、ありがとうございました」


 タイラー・デクストンに塔で拘束された時も今回も、いつも助けが欲しい時にオズロは現れて魔法でも使うように鮮やかに救ってくれる。


 オズロは少し目元を緩めると、私に椅子に腰かけるよう促した。


「ユリア・グーデルトからは君の健康状態に問題無いようだと聞いている。君が本当に無事で良かった。実際に君に会うまで、俺は生きた心地がしなかった」


 とても心配してくれたのだろう。彼の切れ長の瞳の奥には今まで見た事がないくらい優しい温かさが見えるような気がした。


 オズロの柔らかくなった目元を見ていると、本当に彼が目の前にいるのだと実感が湧く。脳内のオズロじゃない。本物だ。


 嬉しくて涙が出そうになり、慌てて緊張感を取り戻す。


「ジリアムの意図が分からないから、彼が次にどういう手を打ってくるか読めない。こんな振る舞いに及んだ理由を聞いているか?」


 私自身、正確に理解出来たとは言えない。口から出る言葉は理解出来るけれど、どうしてそんな事を思うのか理解するのが難しい。


「ジリアム・グーデルトは、私の気持ちが既に彼から離れている事を知り、私が気持ちを戻し、彼との結婚を望むように仕向けたかったと言っていました」


 オズロが納得していない。当然だと思う。


「監禁すると、気持ちが戻ると思ったのか?」

「彼はそう思ったようです。誰も邪魔をしない二人だけの状態になれば、気持ちが戻ると考えていたようでした」

「⋯⋯戻るのだろうか」


 少なくとも結婚しようと思っていた時には、抱きしめられても肌が粟立ったりはしなかった。


「目に入るだけで不快になるほど、嫌いになりました」


 オズロは大きくため息をついた。


「あの男は、このまま諦めると思うか?」


 少し考える。


「私に対する執着は常軌を逸しているように感じました。もう私の理解の範囲を超えているので、全く予想出来ません」


 オズロが再び深く息をついた。


「この後の対処は、いくつか案がある。君の意向を聞いておきたい。ただ、決定にはユリア・グーデルトの意向も反映させたい」


 そして、オズロは二人が私を助けるまでの経緯を簡単に説明してくれた。


 ジリアムからも、ユリアがオズロに対して、私を連れて行ったと疑いをかけて馬で追ったと聞いていた。その時点から協力して、こんなに長く二人は私を救出する為に骨を折ってくれていた。


 私は改めて心から感謝してお礼を述べた。


(ユリアは、ジリアムを庇わずに私を助ける道を選んでくれた)


 ユリアはジリアムに気付かれたら危険な目に遭うかもしれなかった。それでも助けてくれた。


「ユリア・グーデルトの意向を、最優先にして頂きたいです」


 オズロは軽く頷いた。


「君は今、行方不明という事になっている」


 ジリアムからも聞いた。


「他人を正当な理由なく監禁する行為は、当然ながら罪に問われる。ただし、あいつの罪を問う為に、君は姿を現さなければならない」


 ジリアムが罪に問われたら、グーデルト家の名声は地に落ち、爵位を剝奪されて領地を返上する覚悟も必要だ。


 私と言えば、実家であるフィルハム伯爵家の令嬢が現在の肩書きだ。今まではなし崩し的にグーデルト家の客として置いてもらっていたが、もうそれも難しい。


(義姉の所に戻る事になる)


 内臓が締め付けられるような痛みを感じる。オズロが私の意向を聞くと言ってくれた意味が分かった。


「別の案だ。君はこのまま姿を消し、ジリアム・グーデルトの罪を問わない。ただしこれは、ジリアム・グーデルトを野放しにするという事だ。ある程度の手は打つが、今後、彼が何かを企む恐れが残る」

「ユリア・グーデルトが私の脱出に手を貸している事を、ジリアム・グーデルトは知っているのでしょうか」


 ユリアに怒りの矛先が向かう事は避けたい。


「恐らく気がついていない。使用人にはユリア・グーデルトの姿を見られていないから、誰が家に押し入ったか分からないはずだ」


 誰にも姿を見られずに、あの数の人間を眠らせる事が出来るなんて、警備隊長というのはすごい腕を持っているらしい。改めてユリアを尊敬する。


「ジリアム・グーデルトを野放しにした場合、危険が及ぶのは私だけだと思われますか? ユリア・グーデルトや、誰か他の人間に危険が及ぶ可能性はあるでしょうか」


 オズロの目元が険しくなる。


「可能性という話になるから、君以外の人間に絶対に危険が及ばないとは言えない」


 そうすると、義姉の所に戻る案を選ぶしかない。


「最後の案だ」


(まだあるの?)


「君はこのまま姿を消し、ジリアム・グーデルトには別の形で罪を償ってもらう」

「どのような罪ですか?」


 オズロは少し意地悪そうな笑みを浮かべた。


「タイラー・デクストンが起こした塔での事件を覚えているだろう? あの時、あの男は君に傷を負わせた」


 もちろん覚えている。窓枠に縄で繋がれ、顔を殴られた。


「オドブゥールの森の調査命令は、王の名のもとに宮廷から発せられたものだ。それを故意に妨げる行為は重罪だ。森に入れる唯一の人物を傷つける事は明らかな妨害行為だ」

「でもそれは、ジリアム・グーデルトではなく、タイラー・デクストンの罪ではないでしょうか」

「タイラー・デクストンを唆していたとしたら、実行した者よりも重い罪になる」


(もしかして⋯⋯)


「タイラー・デクストンは既に牢に繋がれている。何かしらの条件を出せば、簡単にこちらに都合が良い証言をするだろうな」


 何という事を。そんな大それた事をしても良いのか、緊張して鼓動が早くなる。


「ユリア・グーデルトは最後の案を希望している」

「グーデルト家に累が及ぶかもしれないのに、この案を希望していましたか?」

「その点は気にしなくていい。彼女はいずれにせよ、グーデルト家を兄に任せるつもりはないそうだ。ジリアム・グーデルトを廃嫡して、自らが領主になると息巻いていた」


 ユリアが領主に。彼女は領民にとても慕われていた。執務においても、父親を何かと助けていた。


 オズロによると、王都には長子ではないばかりに、有能なのに能力を発揮する場を得られない貴族の子弟が大勢いるそうだ。その中から、人柄も能力も優れている人をユリアの参謀として送る約束をしているそうだ。


「俺が確実に信頼できる人間を選ぶから心配ない。例え、ジリアム・グーデルトが野放しになったとしても、あっという間に追い落とすさ。ユリア・グーデルトは、兄なんかよりよほど良い領主になるだろう」


 それなら安心だ。


「私も最後の案を希望します」


 オズロは頷いた。

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