異次元・男女・逃避行
「所長、ちょっとよろしいですか?」
電源内蔵とノキュアプムカが振り向くと、研究所の副所長が二つ折りの携帯を開いてそこに立っていた。胸の前に突き出す構えは、時代劇のクライマックスを想像させた。
「ウワ、何? 通報しないで! まだ何もしてないよ今日は!!」
「いまさっき人を殺しておいてそんなことを言うんですか? 逆になにをしたらやった判定になるんですあなたは」
「やったもやらないも生き返らせたでしょうが! ノーカン! キルスコア・ノーカウント!」
叫び合っているところに、手から離れた二つ折りの携帯電話がガシャガシャと変形して床におち、ゆっくりと人の形を取った。電源内蔵、ノキュアプムカ、副所長の目が彼女の元へ向けられる。
「あの、えっと、は、初めまして……あ、副所長さんは初めましてではないですね…… わたくし、エイユブクセゾイ・ウインプゼイゼウと申します。今まで未通告で監視を続けていたのですが……その、当研究所へ送り込まれる革命派の様子を見るに、不介入で済ませるには目に余ると判断が下ったので…… 今回しかるべき所に通報をする運びとなりました…… これは覆せない決定となります。事後報告で申し訳ないのですがよろしくお願いします…… 問い合わせの際は書式を取り寄せますので、窓口までご一報ください……」
「とういうことです。所長、荷物をまとめた方が良いですよ。さっき警察にも連絡をしましたので」
「殺してないのに!? 滞納していた電気代も昼間のうちに払ったから文句言われる筋合いはないんだけど……」
「よく払えましたね、所長なら踏み倒すものだとばかり思っていましたよ」
「ハイ、あの、もし。同族殺しならともかく、ノーキュアプムーカに何をしても現地のケーサツは動かないと思うんですけど。ミスタ・ヒラガ、なんか悪いことしたんですか? 」
「なんかって…… あなたの持っていたみたいな薬物の類いとはきっぱりお別れしていますけど…… そうだ、ユーピドさん、言い忘れていたんですけど、さっきのジョイントたぶんそろそろ違法になってるから次を探した方が良いですよ」
「合法の店選んだのに! えー、酷いな。店の売り子に騙されたんですかね?」
「そうかもしれません。ユーピドさんも薬物とは手を切って、共に電気の神へ祈りましょう。電気は良いですよ。世の中がこのまま続く限りは絶対に規制されませんからね。祈り放題というわけです」
「相変わらず無茶苦茶な理論ですね…… ゼーゼウはどうかと思っています……」
電源内蔵はなごやかに微笑むと、ぽいぽいとその辺にあるものを鞄の中へ放り込んでいく。ハンカチ、ティッシュ、アルコール消毒液。指先が電気メスを掴み、電源内蔵は合点がいったように目を瞬いた。
「なるほど、わかりました。罪状、脱税と脱法医療行為ですね。僕、医師免許持ってないんですよ、この研究所は宗教施設であって病院ではないので」
「いや、
「
外為法は経済産業省の管轄であるが、身近な事件は警察や市役所などに相談することで適切な窓口へ繋げてもらえることもある。当然管轄があるのでそうならないこともある。困ったらまずは信頼できる人に相談することが大事だ。そうこうしているうちに遠くでサイレンが鳴り始める。電源内蔵は電気釜とバッテリー、手袋と亜鉛板とレモンを鞄へ投げ込み、乱雑にしめた。
「じゃ、僕は行きます。 ユーピドさん、禁煙、頑張ってください。祈りの心を忘れないようにすれば神はきっとあなたに恵みをもたらしますよ。命続く限り、祈りと導きのあらんことを。それでは皆様、雷鳴の下でまた会いましょうね!」
「え、ちょっと、こんな身体にしておいて私一人だけ置いてかないでくださいよ! 責任! 責任とってください! っていうか紙幣! ノーキュアプムーカの紙幣返して!! ねえ! ミスタ・ヒラガ!」
ドアから飛び出していく二人を副所長とエイユブクセゾイは神妙な顔で見送った。
「本当にこれで良かったんでしょうか…… 他にやり方があったんじゃ……?」
「さあな…… それを決めるのは所長でも神でも、ましてや俺たちでもない」
「法の裁き……ってことですか……」
「そうだ。あとは司法が答えを出す。俺たちはそれが公正であるように願おう」
なお、公正であればあるほど罪は重くなる。天網恢々疎にして漏らさず。一時、見逃されたと思っても、裁きの時はやってくる。悲痛に鳴り響くサイレンはだんだんと近付いて、ぽつりぽつりと降り出した雨を鋭い赤に染めていた。
(おわり)
電紋の末端はこの次元 佳原雪 @setsu_yosihara
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