第14話 イケメンに挟まれるアクシデント

「おはよ」

「おう」

 毎日、朝はそうして動き出す。

 縦列して走る自転車では会話のひとつもない。

 僕たちの間の距離は、どこかの地点で少しも縮まらなくなった。知らないうちにすごい遠くに来てしまった気がして、ギュッと目を瞑る。

 そんなわけがない。友だちなんだ。

 友情って永遠だろ?


「駅まで」という約束はぐずぐずになり、どうせ同じ電車に乗るんだから、と同じ車両に同じドアから乗る。

 僕は背が低いので、背の高い貴史といると安心する。ちょっとした揺れでも、転んだりする心配がなくなる。

 ちょっとそんなことを話したら「痴漢だっているだろう? ブザー、持ってるのか?」と叱られた。


 ――通常運転。


 駅では素知らぬ顔で別々に電車を降りる。

 変な気持ちになる。

 だけどそういう約束だし······男子か女子かってだけで、どうして3人一緒じゃダメなのかなァと、そこんとこが腑に落ちない。

 腑に······。

 どこかで知らんぷりする自分がいる。


 ◇


 秀のおはようは眩しい。

 付き合い始めて、それなりに時間が経った気がするけど、まだキラキラしてる。

 賞味期限はないのかもしれない。

 それでもって、この男はいつも手を繋いでくる。最近は普通の顔をして指を絡めて歩くので、周りの子たちからの視線が痛い。


 けど、秀が手を繋ぎたい気持ちもわからんわけでもないので、手を繋ぐくらいはボランティア精神で······まだ恥ずかしいんだよ、ホントは!

 わかれ!


 いや、わかっててやってるのかもしれない。

 たまに笑い方が嫌らしいんだ。僕が困るのを密かに楽しみにしてる傾向がある。


 それでもその横を何も知らない顔で歩いて行くヤツがいて。

 それこそ不自然じゃないかなーと思うんだけど。

 ちょっとイラッとする。


「おはよう、東堂くん」

 秀が突然、大きな声で爽やかな挨拶をしてギョッとする!

 貴史はゆっくり、通り過ぎたところを振り向いた。

「おはよう」

「東堂くん、話すの初めてだね。純ちゃんの幼馴染なんだよね? よろしくお願いします」

 ご丁寧に頭まで下げて! コミュ力高ッ!


「ああ、櫻井だよな。純のこと、よろしく。気が強いけど、見たまんま小さい女子だからやさしくやってくれ」

「うん。流石だね、純ちゃんのことはよくわかってるってわけだ」

「お前も純のことはわかってるみたいじゃないか。······まぁ、よく面倒見てあげて。気が強いけど、手はそれほどかからないと思う」


 隣で見てた方としてはドキドキだった。このドキドキをどこに持って行ったらいいのか、わからなかった。

 その後、離れてた指がまた絡まって、グッと力が入った。

『縄張り意識』? 前に貴史が言ってたけど、そんなのあるのか?

 僕が男だった時にはなかったけどなァ。


 それより、僕は縄張りなのか?

 そっちの方がなんだか失礼だ。


 ◇


「純、噂すごい。わたしのところまで回ってきたくらいだから」

 真佑は新作パズルゲームを見つけたらしく、最近はそれに夢中だ。パタン、と机にスマホを置くと、その話を始めた。

 芽依ちゃんは俯いちゃって、ちょっと、と言ってトイレに向かってしまった。

「今、話題のカップルだからなァ、有名税ってヤツだよ」


 おはよ~、とさゆりんが現れて、教室奥の我々の席まで人を避けてやって来る。

 いつも通り、さゆりんも眩しい笑顔。

 でも今はときめかない。男の時には目を奪われたものだけど。


「なんかさ、いろんな人に訊かれるんだけど?」

 時間スレスレに来た彼女は、いそいそと支度をする。大きなリュックからとりあえず次の英語の教材を出して、あッ、と小さく叫んだ。

「ねぇ、誰かやってある? わたし、今日、当たるの······」

 それは昨日、ちょっと難しかったので、貴史にLINEで教えてもらったところだった。時制の一致とか、わけわからん。それは男でも女でも同じ。


「僕の······」

「はい。ちゃんと自分でやりなよ。いくら推薦狙ってても、内申落とすよ」

 真佑がすっとプリントを差し出した。


「なんかさァ、呼び止められるんだもん。早く行って準備しないと当たるのに、今日に限って」

 シャープペンシルをカチカチ鳴らして、さゆりんはプリントを写し始める。

「なんなんだろうねー?」


「櫻井が初めて東堂くんに挨拶した、っていうのがダイジェスト」

 さゆりんは目をらんらんと輝かせて、シャープペンシルを持ったまま、僕たちを見た。

「ダイジェスト! 詳しい話、プリーズ!」

「はいはい、ノーサンキュー。後でね」

 さゆりんと真佑は付き合いが長いらしく、話が早い。息が合うってヤツ。僕と貴史みたいに。


 あー、そんなことで噂になるのかァ。

 モテる男と付き合ってる有名税?

 確かにモテるのかもしれないけど、アイツだってよく知れば、フツウの男とそんなに違わないけどなァ。

 男同士の時、どうしてるのか知らないけど。

 最近は僕も秀の男友だちから声をかけられることがある。まぁ、ただの挨拶だったり、冗談だったり。悪いヤツらじゃない。


 でも今でも慣れないのは「かわいい」ってお世辞でも言われること。

 男の自分が、嫌だって言う。

 女になりきることが、しあわせ?

『受け入れる』ってヤツ。

 ただそれだけのことが、なかなか難しい。心の奥にいる男の自分が、いないことにならない。


 ◇


「流石だね、よくわかってるんだ」

「面倒見てやってくれ」

 うきゃーと変な声。

 さゆりんがどこかで詳細を聞いたらしく、声音を変えて再現している。

 驚くべき再現率。女子怖ッ!


「さゆりん、あんまり言ったら⋯⋯」

 芽依ちゃんが、おずおずと口を開いた。

 僕たち3人、バッと芽依ちゃんを見る。それから、見てないフリをする。

「いやいや、こういうのは分かち合うのが友情ってものよねー。純、嫌な目に遭ったねぇ」

「絶対、本気でそう思ってないじゃん」

「思ってる、思ってるって、ねぇ?」


 楽しそうなのはさゆりんで、辟易した僕たちは口を噤んだ。

「ああ、いいなァ。見たかったわァ。両極にあるイケメンふたりの清々しい朝のアクシデント!」

「⋯⋯そんなにいいものじゃないよ」

「まぁ、ただの挨拶だし、気にすることないよ。噂なんて直ぐに消えるって」

 そうなんだろうけど。不穏。


 ◇


「今度さァ、休みの日にデートしない?」

「デート!?」

 ヒッ、と思う。なんなんだ、それは。それは、学校外でも会おうということ?

 いやいや、それじゃ校外学習じゃん。

「校外学習だよ」

「⋯⋯なんの?」

「恋の」


 点、点、点、⋯⋯目が合ったまま、思考が止まる。

 ハァッ、息、止まってた。


「なんだよ、今更なのに、純てばおかしいの。どこに行こうか考えておいてね」

「えー、そんなの無理だよ! 難しいよ」

「そう?」

 秀は前髪をかき上げて、そう言った。あ、キラキラしてる!


 僕の心がさ迷ってる間、秀の方は違うことを考えてたみたいで、伏せ目がちに僕を見ていた。いつもならあたふたする僕を笑うところなのに。


「ねぇ、東堂くんとさ、もっと仲良くしないの?」

「え!? どうしてそうなんの?」

「だってさ、僕の知る限り、ふたりはずっと一緒にいたんでしょ? 東堂くんがいるから純ちゃんに手を出せなかった男も多いみたいだし」

「何それ? いくら仲が良くても恋愛は自由だし。現に僕は中学のとき、他の子と付き合ったし」


 秀は少し冷たい目で、僕を見たような気がした。

 どうしてかはわからなかった。


「純ちゃんって、元彼いたの?」

「いたっていうか、うーん、まぁ? でも中学生だったし『ごっこ』みたいなヤツだよ」

 ていうか、自分が男だった時の記憶しかほぼない。女の時の記憶は、切れ切れにないことはないけど。でもその時の感情はあまり覚えていない。

『付き合うってこういうことだったんだ』みたいな感じで、それでいて何もしなかった。


「『元彼』かぁ。まぁ、嫉妬の対象外だけど。問題は東堂くんだけだよ」

「何それ? 貴史と付き合おうとか、思ったことないし!」

「⋯⋯ホントに? 一度くらいはあるでしょ?」

「ないよ、ない。だって友だちだし」

「向こうはそう思ってないかもよ」


 どうしてまた話をややこしい方向に持って行きたがるのかよくわからない。わからなくて眉間にシワが寄ってたみたいで「考えてみなよ」と、少し突き放すように言われた。





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