第41話

「うっかりしてたんだ、僕」


 疲れたような顔で、唯志は煙草に火をつける。

 細い煙が目の前を漂い、俺と唯志の間に境界線を作った。


「いつもなら、絶対にあんなことしないのに」

「何が、あったんだよ」


 煙と共に大きく息を吐き出し、唯志はけだるそうに俺を見た。


「純平さんは、優しいんだね」

「……はぁ?」

「公一にも、僕にも……あいつにまで」

「……おまえ、どうしたんだ?」


 唯志は俯いて煙草をもみ消した。


「心配してくれてるの?」

「当たり前だろ」

「なんで?」


 相変わらず俯いたままの唯志。

 俺は、唯志の意図を計りかねて、答えにつまった。

 しばしの沈黙。

 その沈黙を破ったのは、唯志のヒステリックな笑い声だった。


「……フフフッ……ハハハッ」

「唯志?」

「クックック……理由なんて無いか。そうだよね、純平さんは優しいからこんな僕でも心配してくれるんだ。そうだよ、純平さんは優しすぎるんだ。あんな奴らにまでっ!!」


 最後は叫ぶように言って、立ち上がるなり唯志は俺に抱きついた。

 肩に爪が食い込む程にきつく。


「なんであんな奴らにまで優しくするんだよっ。純平さんに……兄さんに優しくされる権利があるのはこの僕だっ。僕だけなのにっ。なんであんな奴らにまで優しくするんだよ?あいつは僕たちの母さんを殺したんだぞっ。それに、あいつは……公一は人殺しの息子なんだぞっ。兄さん、わかってるの?ほんとに血が繋がっているのは、僕だけなんだ。純平さんの本当の弟は僕なんだよっ?!」


 背中に、ポツリと温かいものが落ちて、ジワリと広がる。


「あいつには公一がいて、公一にはあいつがいて……あいつね、僕の顔見れば、公一はどこだって、そればかり聞くんだ。毎日毎日。あんまり頭にきたんで、公一はあなたの知らない所に行った、もう会えないかもしれないねって、言ってやったんだ。そしたらあの有様だ。あいつ、ほんとに僕のこと殺すつもりだったんだ、きっと。一応僕はあいつの息子でありながら、あいつはちっとも僕のことを息子だなんて思っちゃいなかったんだ。僕はいつも一人だったんだ……僕には兄さんしかいないんだよ、だから……」


 激しい嗚咽が言葉を遮る。


「ばかだな、強太。何をそんなにおびえてるんだ?」


 俺は、唯志の背中をそっと抱きしめた。


「俺がお前を見捨てるとでも思っているのか?」


 背中がビクッと震える。

 その背中を軽くたたきながら、


「お前は俺の大事な弟なんだ」

「僕を……一人に、しないで……」

「当たり前じゃないか」


 再び嗚咽が激しくなる。

 俺は唯志が落ち着くまで、ずっと抱きしめていてやった。

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