第40話

(電話、入れた方が良かったかな)


 呼び鈴を押しても何の応答もない扉の前で、俺はどうしようか迷っていた。

 出直してくるか、このまま唯志が帰ってくるのを待っているか。


(でもなぁ……いつ帰るかわからないの待ってるのは、なぁ)


 しばらく迷ってから扉に背を向けた時、中から物音が聞こえたような気がした。


(……ん?誰か、いるのか?)


 再び扉の前に立ち、もう一度呼び鈴を押そうとして、やめた。


(……ここにいるのは、唯志とあの人だけのはず。呼んでも出てこないってことは……出られない状況にいるか……出るわけにはいかない人間がこの中にいるってこと……ドロボウっ?!)


 とりあえず気を引き締め、ドアノブに手をかけて、ひくードアに鍵はかかっていなかった。


「おい、唯志っ、いないのか?」


 小声で呼びかけ、おそるおそる中に足を踏み入れる……と、見覚えのある靴が玄関にそろえて置いてある。


(唯志、いるのか?)


 靴を脱ぎ、玄関から上がると、遠くからかすかに声が聞こえてきた。

 かなり遠くーそう、あの部屋のあたりから。

 胸騒ぎがして、俺はあの部屋に急いだ。

 部屋に近づくにつれ、声が大きくなってくる。

 二つの、声。

 怒鳴り声。

 その部屋の扉は、わずかに開いていた。


「唯志っ!」


 勢いよく扉を開け中へ入ると、格子越しに、唯志とあの人がもみあっていた。いや、唯志があの人に羽交い締めにされ、今にも折れてしまいそうな程、背骨が湾曲していた。


「純平、さんっ……」

「唯志っ、大丈夫かっ!」


 あわてて駆け寄り、唯志を男性から引き離そうとするが、男性の力は思ったよりも強く、なかなか離れない。


「公一を返せ」


 ぞっとするような低い声が耳元で唸る。

 あの人は、唯志を睨みつけていた。

 今までに見たことも無いような残虐な表情で。


「公一を、返せ」

「お……父さん、しっかりしてください……公一は出かけたと……言ったじゃないです、か」

「お前は、公一まで奪うのか」


 唯志の言葉などまるで耳に入っていない様子で、男性は唐突に唯志をつかんでいた手を緩めた。

 ドサリと、唯志の体が崩れ落ちる。


「唯志っ!」


 むせかえる唯志の背中をさする俺にまた低い声が響く。


「お前は……やはり私よりその男を選ぶのだな、君子」


(えっ……?!)


 驚いて顔を上げれば、あの人は俺の方を見ている。

 間違いなく、俺の方を。


「何もかも、私から奪うつもりなのか……君子も……公一も……」


 そうつぶやくと、男性はその目の光を失い、その場に倒れた。


「……やっと落ち着いた、か」


 忌々しげに男性をにらむ唯志から鍵をもらい、俺はためらわずに格子の中に入った。

 男性の体を抱え上げ、そっと布団に横たえる。


「純平さん……?」


 唯志は驚いたような顔で俺を見ていた。

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