第36話

(公一に、似てるな)


 寝顔を眺めながらふと、そう思ったとき。

 その男性が目を覚ました。


(あ……)


 体が、硬直する。

 その男性はゆっくりと起きあがってあたりを見回し……そして、俺を見つけた。


「公一は?」


 言いながら、歩み寄ってくる。

 俺は、その人から目をそらすことが出来なかった。

「で……出かけてます」

「そうか」


 男性の顔が、困ったように歪んだ。そして、再び俺を見、そこで初めて気づいたように、


「ところで君は誰かね?」

「あっあの、土屋純平と申します。公一くんとは大学が一緒で」


 言いかけると、その男性は穏やかに笑った。


「ああ、君が純平くんか。公一から話は聞いているよ。いつもあの子がお世話になっているようだね。ありがとう」

「いえ、とんでもないです。こちらこそお世話になって」

「これからも、よろしく頼むよ。少々甘ったれのところもあるが、あの子は、親の私が言うのも何だが、とてもいい子なんだ」


 とても優しい、包み込むような笑顔で、その男性は言った。


「ええ、僕もそう思います」


 つられて俺も笑顔になる。


「そうか、ありがとう」


 格子越しに、男性はわずかに頭を下げた。


「純平さん、コーヒー入ったよ」


 唯志の声に、男性の肩が一瞬ビクッと震えた……ような気がした。


「あれ、今日はずいぶん気分がいいみたいですね」

「ああ、そうだな」


 頭を上げた男性の顔には、先ほどの笑顔はもう、見えなかった。


「寝ていなくて、大丈夫ですか?」

「ここは暗い。他の部屋にしてくれないか?」


 ひどく怯えた表情で、男性は唯志を見ていた。


「何を言ってるんですか」


 唯志はもうすっかり医者の顔。


「今は正気だからいいですけれども、またいつ、正気を失うともわからないんですよ。今度あんなことになったら、僕一人ではお父さんを抑え切れないんです。それは、お父さんもわかってらっしゃるでしょう?」


 優しげに微笑みながら、唯志は格子越しに男性に近付き、


「不自由でしょうが、我慢してください。その他のことなら、僕にいってくれれば何でもしますから」


 唯志を見つめていた男性の目から、光が失われていき・・・男性はやがてがっくりと肩をおとすと、部屋の隅にあるロッキングチェアに腰をおろした。


「純平さん、行きましょう」


 部屋を出ようとしたとき、


「唯志。公一はどこへ行ったんだ?」

「さぁ。じきに戻ってくるでしょう」


 唯志はさっさと部屋を出る。

 何だか視線を感じて振り返ると、男性は寂しそうな顔でじっと俺達を見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る