第34話

「やっぱり……だめ、かな?」

「わかった。会おう」

「よかった……ありがとう」


 ほっとしたような唯志の声。


「じゃ、いつにしようか?」

「お前に合わせるよ。いつがいい?」

「じゃあ……日曜の夜7時。うちに来て」

「お前の、うちにか?」

「うん。兄さんにも見てもらいたいんだ、あいつを」

「わかった。日曜の夜7時な」

「待ってるよ、兄さん」


 電話が終わった後、しばらく動けなかった。

 俺は一体、何をしているんだ?

 何が、したいんだ?

 自分の役割はわかっている、いや、わかっているつもりだった。

 俺達のしていることを公一に悟られないようにするために、公一をあずかること。そして、監視すること。

 あくまで、唯志のサポートのため。

 だが俺は、未だに気持ちの整理がつかず、あまつさえ、唯志のことなど半分忘れかけていて……公一との生活を楽しんでいた。


(俺は、いったい……)


「純平、風呂あいたぞー」


 声と共に、トランクス一枚の公一が風呂から上がってきた。


「あー、いいお湯だった。純平も早く入ってこいよ」

「あ、ああ」


 ビールもらうぞー、と缶ビールをうまそうに飲んでいる公一を見つめながら、俺は再び胸がうずき始めたのを感じた。


(こうしている間にも、こいつの親父は)


「なーに、見つめてんだよ、純平」


 ハッと気づくと、公一はじぃっと俺を見つめていた。

「えっ、い、いや……」


 思わず、あわてて目をそらす……と、公一はさらに近付き、


「あー?さては」


 グイッと俺の顔を両手ではさみ、自分の方に向かせ、


「おれのあまりのカッコよさに、見とれてたんだろー?」


 ……目が、点。


「ばーか」


 公一の手を振り払い、バスタオルをつかんで風呂に向かう。

 後ろから、公一の笑い声が追いかけてきた。


(……まったく)


 溜め息と共にふと気づいた。

 胸のうずきが、消えている。

 そうだ。

 公一といると、俺は忘れてしまうんだ。

 目をそらせていたい現実を。

 公一のペースにひきこまれ、自分の目的を忘れてしまう。


(これじゃいけない……んだけど……うわちぃっ!!)


 考えながら湯船に足から入ったとたん。

 一瞬、湯が氷水のように感じ、次の瞬間、ピリピリと刺激が広がった。

 あわてて湯から足を出す……湯につかった部分が、真っ赤に染まっていた。


(あんのやろぅっ!)


 勢い良くドアを開け、思いっきり怒鳴った。


「公一っ、お前、またやったなっ!!」

「えー?」


 のんきな声と共に公一が姿を見せる。

 俺はあわてて腰にバスタオルを巻きつつ、再び怒鳴った。


「沸かしっぱなしだっ」


 公一は一瞬キョトンとした顔で俺を見……そしてペロッと舌を出した。


「ごめんっ、止めるの忘れてた」


 その笑顔に、一気に怒りが失せてゆく。

 そしてこの時、俺の頭には、唯志とのことはかけらも残ってはいなかった。

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