第30話
電話がかかってきたのは、それから何日も経たない夜のことだった。
バイトの疲れでうたた寝をしていた俺は、寝ぼけまなこで受話器を取った。
「はい、土屋です」
「あ、純平?」
電話は公一からだった。
「どうしたんだよ、こんな」
チラッと時計を見れば、もう、とうに日付は変わっている。
「こんな夜中に」
「わるい、緊急なんだ」
「緊急?」
「明日からしばらく純平の所に泊めてほしいんだよ」
「そんなの、いつも突然来て泊まってるじゃねーか。何で今さら改まって電話なんか」
「だって、兄貴が電話しろって……ちょっと今、代わるね」
(唯志が……?)
眠気がいっぺんに吹き飛ぶ。
(いよいよ、か?)
「ああ、純平さん?唯志です」
改まった唯志の声。
背筋に緊張が走る。
「実はね、公一から話は聞いていると思うんだけど、うちの父、今痛風が出ちゃって大変なんですよ。でも、入院はいやだって言うから、うちで治療しようと思って。で、食事も制限しなきゃいけないし。恥ずかしい話なんだけど、父さんと母さん、離婚しちゃったから、僕が父の世話するしかないんです。それで僕、父の治療に専念したいんで、もし迷惑じゃなかったらしばらくの間公一を預かってほしいんですけど」
”迷惑なんかじゃないよっ”
受話器の向こうで、公一が叫んでいるのが聞こえる。
(公一を預かってくれってことは……いよいよ、なのか?)
こめかみがドクドクと脈打ち始める。
俺は一つ深呼吸をし、気持ちを落ち着けた。
「ああ、わかった」
「よかった、ありがとうございます。ま、そんなに長くはかからないと思いますので」
再び脈が早くなる。
公一が聞けば、ごくごく普通の言葉。
しかし、俺は複雑な気分だった。
正直、少しだけ唯志が怖くなった。
「じゃ、公一のこと、よろしくお願いします」
「あ、ああ」
えらく疲れる電話だった。
こんなに疲れる電話を、俺は未だかつてしたことが無い。
もう、二度とごめんだ。
受話器を握りしめていた手は、緊張のためにじっとりと汗ばんでいて、心臓は早鐘のような鼓動を繰り返しているのに、頭は冴え冴えとして何だか寒気がする。
(いよいよ、なんだな)
母の、復讐。
(母さん。しっかり見守ってくれよ、強太を)
脳裏に優しい母の笑顔を思い浮かべる。
しかし、何度やっても、そこに浮かんでくるのは、公一の泣き出しそうな顔だけだった。
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