第31話

「おーっす!」


 えらく威勢のいい声で目が覚めた。

 いつの間にかぐっすりと眠り込んでしまったらしい。

 カーテンも閉めていない窓からは、眩しいくらいの日光が差し込んでいた。


「いつまで寝てるんだよ、純平。はやくしないと遅刻だぞっ」


 いい香りと共に、公一が台所から姿を現す……コーヒーを入れてくれたらしい。


「ほい、寝覚めのコーヒー」

「おいおい、めずらしいことするなよ。雨が降るだろ?」

「なんだよ、それ」


 2人で向かい合ってモーニングコーヒーとしゃれ込む。


「何だか、楽しいな」

「え?」


 公一の言葉に、俺は驚いた。


「だってさ、何かこう……合宿みたいじゃん」

「2人きりの合宿か?」

「それは言わない約束だろ?」


 いつもの、邪気の全く見られない笑顔。


「ま、親父があんな時に何だけどさ。兄貴の話じゃそんなにたいしたもんじゃないってことだから」


 唯志を信じきっているのだ、公一は。

 俺は胸が痛んだ。


「何だよ、純平がそんな顔する事無いって」


 気持ちが顔に出てしまったようで、公一は俺の顔を見て言った。


「親父のこと、心配してくれてサンキュ。でもね、親父には兄貴がついてるから大丈夫だよ。おれ、なーんも心配してないからさっ。実の息子が心配してないんだから、純平もそんな顔しないでよ。な?おれしばらく居候するから、何でもするからさっ。何でも言ってくれよっ」


 この言葉に、ますます俺は胸がしめつけられて。

 いたたまれなくなり、俺はカップを下げる振りをして公一に背を向けた。


「お前は何にもしなくていい」

「え?何でっ?」


 背後から公一の不満そうな声。

「お前がやると、片づくもんも片づかん。まとまるもんもまとまらない。俺がやった方が早く終わるからな」

「純平……それはもしかして、おれをバカにしちゃいないか?」

「そうとも言うな」

「何だよっ、バカにするなっ!おれだって……わっ!!」


 声に続いて、食器のわれる音。

 思わず体が音に反応してしまう。

 ズボンにコーヒーのしみを作ったまま、公一は何とも情けない顔で割れたカップを見ていた。


「あーあ、だから言ったろ」


 手早く破片を拾い集め、ふきんで公一のズボンを拭く。


(やっぱ、無理だな)


 綿にしっかり染みこんでしまったコーヒーが、ふきんで拭き取れるわけがない。


(しょうがない)


「脱げ」


 フローリングに飛び散ったコーヒーのしぶきを拭き、よっこらしょ、と立ち上がる。

 と、公一はまだ突っ立ったまま、目を見開いて俺を見ていた。


「何してんだよ、早く脱げ」


 台所でふきんを洗い、洗濯機に水を入れ、部屋に戻ると……なんと公一はまだ染みの広がりきったズボンをはいて突っ立ったままだった。

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