復讐

第27話

(あー、ねむい……)

 寝不足でボーっとする頭を腕で支えながら、教室の窓の外を眺める。

 柔らかい日差しが俺の体を優しく包み込み、何とも言えず心地よい。


(まずい、このままでは寝てしまう……)


 必死に睡魔と戦っていたつもりが、いつのまにか負けてしまっていたらしい。

 腕の支えが頭を放棄し、その衝撃で目が覚めた時、講義はすでに始まっていて、隣では気だるげな公一が、かったるそうにノートをとっていた。

 何だかその横顔が怒っているように見え、後ろめたさも手伝って声がかけずらい。


(……このまま寝ちまおうか)


 そう思って突っ伏そうとした時、公一が、パタン、とシャーペンを置いた。


「目、覚めたんならノートくらいとれよなっ。おれだって眠いんだぞっ、誰かさんのせいで」

「えっ」

「じゃ、あとよろしく」


 そう言って、今まで何やら書き込んでいたノートを俺の方へとおしやり、机の上に突っ伏してしまった。


「……まったく、しょうがねぇなぁ……あ?」


 よく見れば、その見覚えのあるノートは、紛れもなく俺のノート。

 さらによく見れば、公一の荷物はシャープペンシル一本と、尻ポケットの文庫本一冊ーハムレットーのみ。


(……ほんとうにしょうがねぇなぁ、まったく……)


 再び襲ってきた眠気に今度こそ負けないように、必死にノートを取る。

 そして、やっと長い講義が終わった。

 隣を見れば、まだ公一は突っ伏したまま。


(あー、ちくしょ、ねむいっ)


 あまりに眠くて席を立つ気にもならず、ガタガタと学生達が出ていく教室は、やがて俺と公一の2人きりになった。

 始業のチャイムが鳴り響く。だが、空き教室であるこの場所は、ガランとしたままだ。


(そろそろ、帰るか)


 ノロノロとノートを片づけはじめた時。


「どこ、行ってたんだよ?」


 前髪の隙間から、公一の瞳が俺を睨んでいた。


「兄貴と一緒だったんだろ?」


 とっさに、嘘が出ない。


 ……嘘?

 何で、嘘をつく必要があるんだ?


 俺は無言のまま席を立った。


「驚いたんだぞ、兄貴の病院から電話かかってきて、無断欠勤してるっていうしさ。てっきり純平のところにいるもんだと思って行ったら、純平までいないし。ひょっとして、具合悪くなってどっかで倒れてんじゃないかとか、すげー心配したんだぞっ。……ま、無事に帰ってきたからいいけどさっ」


 公一も席を立ち、そして、そのまま真っ直ぐ俺の方へ。


「な……なんだよ……なっ?!」


 キュッと、細い腕が体に巻き付く。


「サンキュ、純平」


(……えっ?)


 訳がわからずに、思わず鞄を取り落とす。


「やっぱ、純平はわかってくれてるな。兄貴に何か言ってくれたんだろ?」


(はっ?何言ってんだ、こいつは)


「兄貴、すっかり前の兄貴に戻ったよ。すげーうれしいんだ、おれ。さすが純平。だてに年くってねーよな」

「……最後の一言は余計だ、ばか」

「純平だって」


 ボーっと教室のドアを見やると、ガラス越しに女子学生と目が合った。その目が、ギョッとしたように見開かれ……すぐに見えなくなる。


(何だありゃ?って、ヤバッ、誤解されたっ?!)


 あわてて、公一をひきはがす。


「……なんだよー」


 公一の、不満そうな顔と声。


「なんだよー、ってお前、誰もいない教室で、男2人で抱き合ってたら変な目で見られるだろーがっ!」

「え?変な目で見られたの?」

「ああ、たった今、あのドア越しに」

「へぇー、純平って、そーゆうの、気にするんだ?」


 公一がニヤリと笑い……俺の手をそっと握る。


「なっ?!」


 そして、つま先立ちをして俺の耳元で囁いた。


「いいじゃん、一緒のベッドで寝た仲なんだし」


 顔面が一気に熱くなる。


「ばっ・・・ばかヤロウッ!」


 教室中に俺の怒鳴り声が響きわたり……続いて公一の、ちょっと高めの笑い声がとって変わった。

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