第26話

 それは、信じ難い話だった。

 あまりにも醜く、残酷で、母さんのことを思うと胸が痛くてたまらなかった。

 唯志は詳細に、そう、実にこと細かに全てを語ってくれたのだ。

 母が俺の元を離れ、有野の家に嫁いだのは、俺と唯志が小学校3年の時。公一はまだ、幼稚園の年長で。亡くなったのは俺と唯志が中学3年の時。公一はまだ小学校6年だった。

 その間6年。

 決して強いとは言えなかった母は、どれだけ地獄を味わったことだろう。

 母が有野の家に嫁いだのは、公一の実の母が亡くなって3年が過ぎた頃。唯志の話によれば、母が嫁ぐ以前から、ある一人の女性と公一の父親とは既に関係を持っていたようで、まだ小さかった公一でさえ、次のお母さんはこの人だ、と思っていたらしい。だが、次に来たのは、俺の母だった。

 どうやら、公一の父、有野勝雄はじいちゃんの愛弟子だったらしく、有野としてもじいちゃんの頼みは断りきれなかったらしい。

 早い話が、最初から邪魔者だったのだ、母は。

 夫からはつれなくされ、その夫には既に愛人がいて、その愛人からも毎日のように嫌がらせの電話。そのうち、夫は家にすら帰らなくなり、今度は姑からの容赦のない攻撃。

 唯一のなぐさめは、子供と接すること。

 実の子供ではないが、同じくらいの年頃の子供2人に、母はきっと俺と強太の面影を重ねていたに違いない。そのうちの一人が、実の息子、強太であるとも知らずに。

 耐えに耐えた6年間、いや、5年間。ついに限界を超え、精神に異常をきたした母は、遂に唯一の心の支えである子供達に接することも禁じられ、部屋の一室に閉じこめられた。


「まるで、座敷牢さ」


 唯志は言った。

 医者の家族に精神病者がいるのは、体面にかかわるのだろう。

 やがて、母はその座敷牢で自ら命を絶った。

 ナイフで手首をかき切って。

 何故、その部屋にナイフがあったのか。


「ばあちゃんがさ。置き忘れたんだってさ。果物を剥いていて。ほんとかどうかわからないけどね」


 精神に異常をきたしてから一年間。

 母は、孤独の中でひっそりと命を絶ったのだ。


(いいや、母さんは殺されたんだ……)


 唯志の言っていた意味が、わかった。

 でも。


(公一は、関係ないじゃないか。関係ない、のに……)


 唯志はなおも玄関を睨みつけていた。

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