第23話

 しばらく、鳴っていたと思う。

 電話の音。

 何人か、呼び鈴を鳴らすのも聞こえていた。

 公一が、しつっこくドアを叩いていたのも、知っている。

 でも俺は、すでにテープも終わっていて、真っ黒なだけのテレビ画面を、ぼんやりと見つめ続けていた。


(まさか、あいつが……?いや、その前に、なんでこんなものがうちに?いやいや、その前に、何のためにこんなものが存在しているんだ?)


 ぐるぐると同じ疑問が何度も頭の中をめぐり、結局考えているだけでは何もわからないと気づいたとき、腹の減り具合で時間の経過に気づいた。

 窓の外はもうすでに、夜の闇。


(これじゃ腹も、減るわなぁ)


 メシでも作ろうと立ち上がった時、玄関に人の気配がした。

 しかし、一向にベルを鳴らす気配はない。


(誰だ?)


 そっとドアに近付き、ドアスコープから覗いて見てみると、所在無さそうに立っていたのは唯志だった。

 一瞬ためらった後、俺は勢い良くドアを開けた。


「何やってんだ、おまえ」


 ギョッとしたように後ずさって、唯志はぎこちない笑いを浮かべて俺を見る。


「どうしたんだ、早く入れよ、ほら」

「あ……う、うん」


 なんだか気の進まなさそうな唯志を玄関に引っ張り込み、


「何か、食うか?今、ちょうどメシ作ろうと思ってたんだよ。腹、減ってんだろ?」

「あ、うん。いただきます……」


(……おかしい)


 なるべく普段通りに振る舞いながら、唯志に背を向けるようにして狭いキッチンに立つ。


(あいつ、何か変だ……何かあったのか?それとも、あれを持ってきたのは、唯志なのか?)


「ちょっと、待ってろな、すぐできるから」

「あ、はい」


 全く、何も気づかないフリをしつつ気配を伺っていると、どうやら唯志はキョロキョロとあたりを探っている。

 探しているのだ、あれを。

 でもまだあれは、ビデオデッキの中。

 袋は確か、そう……机の下。

 唯志が気がつくハズがない。

 でも、万が一、という事も有り得る。


「あっ、わりい唯志。醤油、きらしちまった。ちょっとそこのコンビニ行って買ってきてくれないか?」

「え?ああ、うん」


 唯志を一旦追い出し、俺は慌ててビデオをベッドの下に隠す。

 何しろコンビニはすぐ近くなのだ。もたもたしてたら唯志が帰ってきてしまう。

 ビデオを隠し終わって、キッチンの定位置に戻った時、唯志が帰ってきた。


「これで、いい?」

「おう、サンキュ。金、あとでな」

「いいよ、これくらい。いつもご馳走になってるし」


 申し訳程度に、買って来てもらった醤油をたらし、出来上がり。


「お待たせっ」

「うわぁ、うまそう!」


 落ち着かなさそうに座っていた唯志だが、この時ばかりは素に戻って、素直に喜ぶ。

 よほど腹が減っていたらしい。

 唯志にしてはめずらしく、ガツガツと食らいつくのを見ながら、俺はベッドを背もたれにして座った。

 後ろに手をまわすと、すぐそこにビデオがある。


(たぶん、これ探しに来たんだろうなぁ……どう切り出したもんか)


 考えたとたん、食欲が失せた。

 知らない間に、目の前で一気に平らげる唯志を見つめていたらしい。ふと、目が合った。


「どうしたの、純平さん。僕、何か変?」

「えっ?!いや、いい食いっぷりだと思って、さ」


 あわてて、ごまかす。


「それより、今日はどうしたんだ?何か、あったのか?」

「え……あ、うん……まぁ……」


 とたんに、唯志の態度が再び落ち着きのないものになる。


「いや、別に何でもないんだ。ただなんとなく、純平さんの顔でも見たいなぁ、と思って、ね」

「ああ、そうかい。こんな顔でよかったら、いくらでも見てってくれ、気の済むまでな」

「うん、そうするよ」


 そう答えた唯志は、もう、もとのポーカーフェイス。

 あれがここには無いと確信したからだろうか。唯志はすっかりいつもの落ち着きを取り戻していた。


(ここにある、って知ったら、この表情がどう変わるだろう?)


 ふいに、意地の悪さが頭をもたげてきた。

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