第24話
(それで、俺がこれを見た、って知ったら……?)
「どうしたの、純平さん。ほんとに、僕、なんか変?それとも、純平さんがおかしいの?」
「えっ?あ、いや、ごめんごめん」
いつの間にか俺は、また唯志を見つめていたらしい。
「悪いなぁ、今日はちょっと、疲れてるみたいだ」
「しっかりしてよ、兄さん」
「えっ……ああ、そうだな。しっかりしなきゃ、か」
そうだった、俺と唯志は、本当に血のつながった兄弟だったんだ。あれのおかげで、すっかり忘れていたけど。
「じゃ、僕もう帰るね。どうも、ごちそうさま」
「ああ。家、帰るのか?」
「ううん、病院。ちょっと、忘れ物した、から」
ポーカーフェイスが、少し翳る。
(忘れ物、か)
指先に触れたのは、ビデオの角。
俺はそれをベッドの下から引っぱり出し、既に玄関で靴をはいている唯志の側に立った。
「そういやさ、これ、お前のか?」
「え……あっ……」
目が大きく見開かれ、そのオドオドとした目が俺を上目遣いに見上げた。
「純平さん、これ、中……」
声がかすれていた。
(やっぱり、これを探しに来たのか)
どう答えたものか考えあぐねて返事ができないでいる俺を見て、唯志にはわかったらしい。ビデオの入った袋をひったくって、玄関から飛び出して行こうとした。が、一瞬早く、その腕をつかまえた。
「離せっ!」
初めて聞く、唯志の怒鳴り声。が、俺に力で敵うはずもなく。
「落ち着け、唯志。ま、入れよ」
すごすごと、肩を落として俺の部屋に逆戻り。
机を挟んだ向かい側で、唯志は頬を紅潮させて俯いたまま黙っている。
「なんだか、悪さして怒られてるガキみたいだなぁ。さしずめ俺は、説教たれる親、ってとこか?」
耳まで赤くなりながら、それでも唯志は黙っていた。
「確かに俺は、それ見たよ。てっきり公一の持ってきたビデオだと思ったからさ。でも別に」
「軽蔑してるよね、僕のこと……」
ボソボソと、くぐもった声。
「いや、俺はそういうことを言いたい訳じゃ」
「でも、しょうがなかったんだ。」
「唯志?」
「しょうがなかったんだよ、兄さん……」
憎々しげな視線の先には、問題のビデオ。
「これはね、僕の切り札なんだ」
「切り札?」
「僕はとにかく早く知りたかった。しかも父に見つからないように。でも僕はまだ下っ端で勝手に調べることなんてできないし、しかも専門じゃない。先輩に頼むしかなかった。しかもよりによって、遺伝の専門の先輩はね、僕の大嫌いな先輩なんだよ。向こうは僕に対して妬み半分、興味半分だったんだ。もともと、そうゆう趣味のある人だって聞いてたから、ある程度覚悟はしていたけど、話をもちかけたらやっぱり、取引になったんだ。父には絶対に言わない、急いで調べるっていう条件で、あいつは、僕自身を要求してきたんだ。そうしたら……飲むしかないじゃないか。くやしいけど、あいつの腕は確かだし、他に頼める人なんていない。それに、僕はやっぱり知りたかった、純平さんとの関係を。僕がちょっと我慢してあいつの条件飲んでやりゃ、すべてうまくいくんだ。だから、取り引きに乗った。でも、あいつのことだから、今回のことをネタに今後も僕につきまとうかもしれない。その時のために、コレを作る必要があったんだ。あいつの口封じの為に。脅されたらこれを院内にバラまいてやるって逆に脅してやろうと思ってね。どう見たって、嫌がっている僕をあいつが襲っているようにしか見えないでしょ。あいつ、そういうのも好みみたいだったからちょうど良かったけど。……でも、こんなのほんとうは、誰にも見られたくなかった……特に、純平さんには……」
ポタポタと、きつく握りしめた拳の上に、水滴が落ちる。
「僕も、抜けてるよね。一番見られたくない人のところに、一番見られたくないもの、置いてきちゃうんだから、さ。はぁ……もう僕帰ります。さよなら、純平さん」
傍らのビデオをつかみ、立ち上がる唯志。
「待てよ」
実際、この時の俺の心境は複雑だった。
今、目の前にいるこの俺の弟をどう扱ったものか、考えあぐねていた。
しかし、とにかく、引き留めなければ。
だが、唯志は俺の言葉を無視して、玄関へと向かっている。
「おい」
そして、さっさと靴を履き、出ていこうとしている。
とっさに俺は、怒鳴った。
「強太っ!」
唯志の動きが、止まった。
「戻って、ここに座れっ!」
唯志、今日2回目の逆戻りだった。
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