第20話

「なぁっ、何でだよ」


 何でっ、て言われてもなぁ……唯志との約束もあるし。だからといって、嘘つくのは、なぁ……。


「ま、いいけどさっ、べつにっ」


 ついに、公一はスネてしまった。


「いろいろあるんだよ、俺だって」

「もう、いいよ、わかったよ、忙しいんならしょーがねーよな」


 なにやら、妙に物わかりがいい公一に何かを感じて、俺は黙ったまま公一を見た。


「……まだ純平はまともなだけマシだよ」

「?」

「兄貴、おかしいんだよ、最近」


 公一は、一つ大きなため息をつき俺を見た。


「何だか、変なんだ」

「どう、変なんだ?」


 そういえば、ここのところ唯志は俺のアパートにも顔を見せていない。


 何かあったのだろうか。

 それとも、単に仕事が忙しいだけ……?


「どうって……うーん、相変わらずおれのこと避けてるような感じするし、それに昨日なんかさ、帰ってくるなりメシも食わずに部屋に閉じこもったまんまなんで、心配になって声かけに行こうとしたらさ……笑い声が聞こえるんだよ。で、声かけたもんかどーか迷ってたら、今度は泣いてるような感じでさ。このままだと忙しすぎて兄貴も狂っちゃうんじゃないかって、心配で」


 公一は、途方に暮れた様子。

 でも俺は、他のことが、公一の言葉が気にかかった。


「兄貴【も】って……他にもおかしくなった人がいるのか?」

「え?ああ……2番目の母さん」


 恐らく唯志の事しか頭にない公一の答えは、上の空。

 だけど。


 2番目のって、唯志の言ってた……


「何だかね、おかしくなっちゃって、自殺しちゃったんだ。優しい母さんだったのに……ねぇ、このままじゃ兄貴もおかしくなっちゃうよ。どうしよう、純平」


 自殺……。


『僕の2人目の母さんにそっくりなんだよ。名前まで同じ、君子で』


 胸に、ズキンと痛みが走った。

 そうか、そうなんだな……。


「純平?」

「ん?」

「どうかした?」

「いや……悪い。俺、ちょっと用事思い出したから、帰る」

「えぇーっ、何だよ急に」

「ノート、頼むぞ」

「えぇっ?!」

「じゃあな」


 あっけにとられている公一をその場に残し、俺は家へと急いだ。

 唯志に会わなくては。


 急いで帰った家の玄関前に、唯志がいた。

 そこで俺を待っていた。


「純平さん……」

「何か、わかったんだな……お、おいっ?!」


 そして、鍵を開ける隙も与えず、唯志は俺を引っ張りずんずん歩き出す。


「唯志っ、どこ行くんだよっ?!」

「病院」

「えっ?」

「僕の勤めてる病院」

「?」


 唯志は俺の腕をつかみ、前を向いたまま。

 その手は、痛いくらい俺の腕に食い込んでいる。

 俺は黙って、唯志について行った。


 行った先でしたのは、口内細胞の採取。


「結果が分かったらすぐ連絡するから」


 白衣を着て、もうすっかり医者の顔に戻った唯志が言った。


「何の?」

「僕と、純平さんの関係」

「関係……って……」


 言いかけた言葉が遮られる。


「僕、まだ仕事あるから先帰ってて。話はまた、後で」


 そして唯志は、消毒臭い建物の中へと戻っていった。

 帰り際にやっと笑ったその顔がやつれて見えたのは、気のせいだったのだろうか?

 仕事も忙しいってのに、無理してなきゃいいけど……

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