第19話

「なんだよ、純平まで。なんでそんなに毎日忙しいんだよ。いったい、何してんだよ」


 ここのところ、公一はずっとご機嫌が悪い。なぜなら、唯志も俺も、調べものに忙しくて公一に構ってやらないからだった。


「兄貴が仕事忙しいのはわかるけど、なんで純平まで?そんなにバイトが忙しいのか?……そんなに貧乏なのか?だったらおれ、食費くらい払うぞ。いっつもメシ、食わせてもらってるもんなぁ」


 公一の、妙にしんみりした口調に思わず苦笑する。


「ばぁーか。そんなんじゃねぇよ。別にバイトが忙しい訳じゃないんだ」

「じゃあ、なんだよ」


 とつっこまれて、ハタと困る。


(しまった。バイトのせいにしときゃ良かった……)



 別に俺は、公一に隠すつもりはなかった。

 調べるといったって、レポートを書くのとは訳が違う。きっと、大変なことになるだろう。大量の時間を費やすことになるに違いない。だったら、2人でやるよりも、公一にも手伝ってもらった方がいい。俺は、当然のことのようにそう考えいていた。それに、公一にだって、まったく関係ないことではないはずだ。もし、俺の母親が唯志の2番目のお袋さんだとしたら、公一にだって全く同じことが言えるのだから。

 だが、唯志は公一には知られたくないと言った。


「え?なんでだよ。調べるには、人数は多い方がいいだろう」

「でも、まだ確実じゃないわけだし……」

「何言ってんだよ。確実じゃないから調べるんだろう」

「そうだけど、でも、公一には言いたくない」


 静かだけれど、なかなか頑固そうな表情に俺は驚いた。


「どうしたんだよ、お前この頃変だぞ?」

「変?そうかな。別にそうは思わないけどね、自分では。ま、でも、変わったことは変わったね」


 言って、唯志は不可解な笑みを浮かべて俺を見る。


「純平さんと会ってから」


 そして、甘えるように、俺の肩に頭をもたせかけ、


「前にも、言ったよね?これが……今の僕が、本当の僕なんだよ。前の僕は、作り上げた僕なんだ。公一のいい兄貴の僕も、親の期待通りに医大行って医者になってる僕も、すべて作り上げたものだよ。そうするしか、なかったんだ。でも、今は違う。僕は、僕らしくあることを知ったんだ……本当の自分を知ったんだ、純平さんのおかげでね。僕は、本当は弱いし甘ったれだし、独占欲も強いんだ。なのに、強くならなきゃやってられなかったし、僕は養子だし僕より甘ったれの公一がいたから、素直に親に甘えることもできなくて、当然親を独占するなんて到底無理な話で。でも、やっと見つけたんだ。本当の僕を見せられる人……素直に甘えられる人。そういう人、独占したいと思うのは、いけないこと?僕は、純平さんを独占したいよ。でも、純平さんがそういうのあんまり好きじゃないこともわかってる。だって、純平さん、公一のことかわいがってるもんね。でも僕は公一ばかりずるいって思うんだよ、この頃。公一には、実の親がいるじゃないか。それで十分じゃないかって。だから、僕は余計に純平さんを独占したいんだよ。これから先、ずっと僕だけの兄貴になって……とは言わないからさ。今の間だけ、調べてる間だけは、独占させてよ。いいでしょ?」


 唯志は、俺に寄りかかって目をつぶったまま。

 その意志の強さに、俺は頷くしかなかった。

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