第17話

「この頃、何だか公一と前のように接することができないんだ。というか、たぶん無理すればできるんだけど、疲れちゃって。だから、なるべく一緒にならないようにしていたのは事実。でも、ちゃんとさり気なくしていたつもりなんだけどな……あいつも鋭くなったな」

「こと唯志のことに関しては、いつだって鋭いさ。公一はいつでも唯志のあとをくっついていたんだからな。どうしたんだよ、いったい。公一と何かあったのか?前は仲良かったんだろ?」

「そうなんだけどね。でも最近は公一と一緒にいると、イライラするんだ。イライラっていうか、こう……違うな、うまく言えないけど、平常心でいられないんだよ。前はこんなこと、一度だってなかったのに。疲れてるからって言う理由だけじゃないんだ。公一は、何も変わっちゃいない。変わったのは僕の方なんだ。そう、僕なんだ。そして、僕を変えたのは、純平さんなんだよ」


 淡々と言って、唯志は胸元を探る。ポケットから取り出したのは、たばこ。


「え……って唯志、お前……」


 唯志の言ったことにも、取り出したたばこにも両方に驚いて、俺は言葉を失った。


「純平さんがね、僕を変えてくれたんだ。おかげで僕は、前よりずっと楽になった。公一とのことはたぶん、その副作用なんだと思う。今までが、どうかしてたんだよ。僕だって、ほんとうはずっと誰かに甘えたかったんだ。ただ、別に公一を嫌いになったわけじゃない。あいつは今でもかわいいと思うよ。でも、もう僕には、いい兄貴のフリはできない」


 細長いたばこに火をつけようとして、なかなかつかないライターに苛立った様子で……唯志は舌打ちしてライターを放り出した。


「純平さん、ライターある?」

「あ、ああ……たぶん、その引き出しにあると思う」

「そ。開けるよ?」


 ごそごそと引き出しを探っている唯志の背中に、俺はやっとの事で声をかけた。


「なぁ、お前いつからたばこやってんだ?前からか?」

「ん?いや、最近だよ。悪い先輩がいてね。すっかり教え込まれちゃったんだ」

「公一とは、もう……前のようにはなれないのか?だってお前ら仲良かったじゃないのか?そりゃ、無理してた部分も多かっただろうけど。でも、たとえ血は繋がらなくてもたった1人の弟じゃないか。別に、いい兄貴にならなくても、普通にしゃべることくらいできるだろう。公一、本当に悩んでた……」

「純平さん、これっ!」


 突然、唯志は驚いたような顔で振り返った。


「えっ?……ああ」


 その手には、一枚の写真があった。

 俺の、小さい頃の写真。

 唯一、母と、そして弟と一緒に写っている写真。

 祖父のアルバムを盗み見ていて、偶然に見つけて、こっそり抜き出したもの。


「なんだ、そんなところにあったのか」


 そっと写真を受け取り、久しぶりに写真の母と、弟と対面。


「その女の人、純平さんのお母さん?」


 俺のすぐ横に来た唯志も、横から写真を覗き込む。


「ああ、そうだよ。……今頃、どうしてんだかなぁ」

「え?」

「あれ、言わなかったっけ?俺の母親、お袋な。小学校の頃に再婚して、それっきり会ってないんだ。どこにいるのか、生きてるのか死んでるのかもわかんねぇ」

「純平さんも、大変だったんだね」

「まぁな。ガキだったし、淋しかったなぁ。せめて、弟だけでも残ってりゃ、また違ったんだろうけどな」

「弟?」

「そ。これが俺で、この、お袋に抱かれてるガキが、俺の弟。俺もあんまり覚えてねぇんだけど、でも、弟がいたっていうおぼろげな記憶はなんとなく残ってるんだ。でも、この弟もたぶん、この写真撮ってすぐあとくらいに養子に出されてさ。おやじが、俺がまだ小さい頃に事故で死んじまって、その頃はお袋の実家とも絶縁状態だったから生活も苦しかったらしくて、しょうがなかったんだろうけど。ほんと、今頃どこでなにしてんだかなぁ、2人とも」


 気づくと、唯志はじっと写真に見入っていた。

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