第16話
「お邪魔します」
いつものように、唯志がやってきた。
公一はとっくに帰り……当たり前だ、もう時計は夜も遅くになったことを示している。
「ずいぶん遅いんだな」
「どうしても、今日中に終わらせなきゃならない仕事があって……ごめん、迷惑だった?」
「いや、全然。俺はまだ学生だからな。時間なんてたくさんある。それより腹、減ってないか?残り物でよかったら、メシあるぞ」
「うん。食べる。どうせ家帰ってもご飯なんて無いだろうし。それに、純平さんのご飯の方がよっぽど美味しいし」
「何だ、お袋さん、料理下手なのか?」
「ああ、あの女は家事なんて、まるでやる気無いんだ。だいたいが、金目当てで結婚した女だからね。子供の世話も見やしなかったし。ま、今の状態じゃ、離婚も時間の問題かな?前の母さんは、全てにおいて立派だったけど。……ああ、やっぱり美味しいや。それになんとなく、前の母さんの作る味に似てる」
よっぽど腹が減っていたのか、唯志はあっという間に飯を食い終えた。
「ごちそうさま。……何?僕の顔に、何かついてる?」
公一の話が頭にあったせいで、気づくと俺はじっと唯志の顔を見つめていた。
「それとも、僕の食べっぷりの良さに見とれてた?だって、美味しかったし、それにお腹空いてたからさ。昼から何にも食べてなかったんだ」
「そ、そうか。そうだよな、いつも食うの遅いもんなぁ、唯志は。そうか、うまかったか、そりゃよかった」
慌ててごまかそうとして、かえって墓穴を掘ったらしい。唯志はじっと俺を見つめた。
「どうしたの、純平さん。何か変だよ。何かあった?」
「いや、別に何も。そりゃそうと、どうだ、最近。公一と仲良くやってるか?」
言ってから気づいた。
これじゃ、全然”それとなく”じゃないじゃないか。相手がよっぽどバカじゃない限り……
「公一が、何か言ってたの?」
やっぱりなぁ……当然こうくるよなぁ。ごめん、公一。許せ。
「ああ。今日、あいつも来たんだよ」
「そう」
「でさ、何だかお前が変だって、そりゃ真剣に悩んでたからさ」
「そう」
「お前が、自分のこと避けてるみたいだって」
「ふうん」
何ともあっさりとした反応。まるで、他人の話でも聞いているような。
「で?」
「で……って?」
「純平さんは、なんて言ったの?」
「え?ああ、たぶん唯志は疲れているから、1人になりたいだけなんじゃないかって。そんなに心配すること無いって言っておいたけど」
「そう」
唯志は、ゆったりとした仕草で食後のコーヒーを飲む。
「ほんとうの所は、どうなんだ?何かあったのか?」
「確かに、疲れてはいるんだけど……やっぱり、態度に出ちゃったか」
独り言のように言って、唯志は小さく笑った。
自嘲的な、苦笑。
何だかとても、唯志が大人びて見えた。
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