亀裂

第14話

 俺は、俄然忙しくなった。

 かわいい、でも、手の掛かる弟が2人。それに俺は、奨学金をもらっているとはいえ、学費も生活費も自分で稼がなくてはならない身分のため、自分の時間というものほとんど持てなくなった。しかし、それはそんなに苦痛ではなく……むしろ、楽しんでさえいた。全く違うタイプの俺の弟たちは、毎日のように、でも、決して一緒になることはなく、俺のアパートに来ては、しょうもない悩み事から深刻な相談事を持ってきて俺に甘え、そして俺もそれに答えることによって、精神的に満たされていたからだ。しかし、いつからか、どこかから、少しずつ何かが変わり始めているのに、俺は気づいた。いや、気づかされたと言うべきか。


「お……珍しいな、俺より早く来てるなんて」


 講義を受けに教室に入ると、いつもギリギリの時間にしか来たことのない公一の姿があった。


「どうしたんだ?いったい、どういう風の吹き回しなんだ?」


 からかうように明るく言ってはみたものの、ここのところ公一はどこかおかしかった。話をしていても、時々ボーっとしていたり、とんちんかんなことを言ったり……珍しく考え事をしていたり。

 しかし、振り向いて俺を見た公一は、それどころではなかった。あの、明るくて脳天気で甘ったれの公一ではなく、何か大きな悩みを抱えて思い悩んでいる、1人の青年の顔。


「何かあったのか?」


 俺も思わず真面目になる。


「純平……ちょっと、頼みがあるんだ」

「なんだよ、そんなに改まって」

「今日一日、おれにちょうだい」

「?」


 なんのことはない、その頼みとはそれ以降の授業を全て欠席して、俺のアパートへと向かい、その日のバイトを休んでくれということで……ただ、問題はその理由だった。


「で、どうしたんだ、いったい」

「ん……」


 自分の指定席、俺のベッドの端っこに腰かけ、自分のコーヒーカップを両手で持ちながら、公一はいつもらしからぬ調子で何かを迷っている。だけども、一方では俺の様子を窺って言るような感じもした。


「お前をそこまで思い詰めさせている原因は、いったい何なんだ?」


 何も気づかぬ振りをして、俺はいつも通りに振る舞う。

 と、公一はフーッとため息をついて、微かに笑った。


「よかった、純平は変わってない」

「え?」

「これで悩み事が半分になったよ。」

「?」


 わけのわからない俺を置いてけぼりにして、公一はうまそうに、俺の入れたコーヒーを飲む。


「いっぺんに2人ともおかしくなっちゃったら、俺、やっていけないもんなぁ」

「おい、ちょっと待てよ。俺にわかるようにちゃんと話せよな。1人で納得しやがって」

「……うん」


 言いながらも公一はまだ迷っている様子で、何かを探るように部屋を見まわし……そして、食器棚に目を留めた。


「あれ、兄貴のだろ?」

「え?ああ、そうだけど?」

「兄貴、ちょくちょくここ、来てんの?」

「そんなにちょくちょくじゃないけど、たまにな」

「そっか」


 視線を落とし、なおも公一は迷っている様子。

 しばらくは、公一が自分から言い出すまで待っているつもりだったが……あまりにも長い時間ーほんとうの所は数分だったのかもしれないがー黙ったままで、俺はたまりかねて口を開いた。

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