第13話
「医者になった今でも苦しいのか?」
溜め息と共に、唯志は深くうなずいた。
「医者になったことはなったけど、僕は新米もいいとこで、父の期待に応えるには、僕はまだまだなんだ」
「でも公一は、唯志のこと尊敬してるって言ってたぞ。兄貴もきっとすぐ親父と同じくらいすごい医者になるって。忙しそうでかわいそうだ、とも言ってたな。優秀だから、いろんな所に引っ張り回されるんだって」
「それは……」
自嘲的な笑みを浮かべて、唯志は続ける。
「公一の思いこみ。僕は、公一の前でだけはしっかり者の優秀な兄貴になれるから。公一があまりにも僕に懐いてて、打算無く甘えてくるから。だから、弱気な姿は見せられない。しっかりしなきゃ、公一は僕を兄貴だって慕ってくれるから、しっかりしなきゃいけないって思うから、公一の前でだけはしっかりした兄貴でいられるんだ。でも本当は、全然しっかりなんてしてなくて……同期のヤツらの嫉妬と、周囲からの期待やプレッシャー、僕には不釣り合いなほどの高すぎるプライドに潰されそうで。誰かに弱音を吐ければ楽になれたんだろうけど、そんな弱音なんて吐けるやつ、僕の周りには1人もいなかったから」
唯志が俺を見る。
とても、穏やかな表情で。
「でも不思議だな。純平さんの前だと、僕のプライドはどこかに隠れちゃうみたいだ。本音が言える。すごく、楽に。公一が、純平さんはもう1人の兄貴だって言うの、わかる。僕にとっても、純平さんは兄貴みたいだ」
ニコッと笑った顔が、驚くほど幼い。
公一よりもずっと頼りなくて、幼く見えて。でも、コンプレックスと戦ってプライドに縋って必死に弱音を飲み込んで弱気な自分を押し隠して……そんな唯志を、俺は守ってやらなきゃいけないと、そう感じていた。俺しか、こいつを守ってやれるやつはいないと、おかしなことになぜかそう感じていた。
「同じ年なのに兄貴なんて、おかしいよね」
「いいぜ。兄貴になってやるよ」
え?という顔で、唯志は俺を見る。
「公一は素直に甘えてくるから放っておけない。でも唯志も……君は無理してるのがわかるから、辛そうで放っておけない」
まるで、初めて言葉をかけられた子犬のような顔の唯志に、オレは笑顔で頷いた。
「俺はさ、結構兄貴風吹かすの、好きみたいでさ。兄弟のいないところで育ったせいかな。頼られるのって、悪い気しねぇんだ。だから、唯志が本音を、弱音を吐けるのが俺だけしかいないって言うなら、俺が全部聞いてやる。腹の底に溜まってるもん全部出して、すっきりするまで付き合ってやるから、辛くなったらいつでも来い。君ら兄弟、俺がまとめて面倒見てやる」
驚きで丸くしたままの唯志はしばらくじっと俺を見ていたが、やがてそのの目から透明な滴が伝い落ち……
「……唯志?」
俺の声に、初めて自分が泣いていることに気づいたようで、慌てたように顔を両手で覆い、俺に背を向ける。
「す、すいません、お見苦しいところを」
「よせよ、その言葉遣い。せっかく普通になってたのに。それになんだって顔、隠すんだ?また、余計な見栄が出てきたのか?そんな風に自分から隠れちまったら、周りは何もできないだろうが。ほら、こっち向けよ」
俺の言葉に細い肩がためらっていた。
そのためらいが溶けてなくなるのを、俺はじっと待ち、ようやくこちらを向いた唯志の目には、微かなおびえが見えた。
「何をそんなに怖がっているんだ?本心を知られるのは、そんなに怖いことか?俺はもう、君が本当は強い人間じゃないんだってことを、知ってるんだぞ?まぁ、会ってまだ何時間も経ってないから、今すぐ打ち解けろってのは無理かもしれないけど。でも、さっき言ったろ、俺。君ら2人とも、まとめて面倒見るって。いいんだよ、そんな風にかっこつけなくても。俺は、兄貴なんだから。もっと自分に素直になって、頼りたかったら頼っていいし、甘えたかったら甘えたっていい。いや、そうして欲しい。俺は頼られたりするの、好きだし。兄貴ってのは、そんなもんだろ?弟ってのはたいてい兄貴に頼るもんで、あんまりしっかりした弟ってのは、結構かわいくないもんだぜ」
じっと俺を見つめる唯志の目からは再び涙が溢れ、でも、今度はそれを隠すことはせず、
「弟、か。僕は」
泣き笑いを浮かべ、唯志は俺に頭を下げた。
「ありがとう、純平さん。これからも、よろしく」
「ばーか。こんなことくらいで礼なんて言うな」
俺は思いきり、唯志の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
その隣では、もう1人の弟、公一が、気持ちよさそうに眠っていた。
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