第12話
(えっ?)
ガラッと雰囲気の変わった唯志に、言葉をかけることも忘れ、俺はじっと唯志を見つめた。俺の視線の先で唯志は、ぐっすり眠っている公一を見つめている。
「純平さん。僕が、公一とは血が繋がってない兄弟だってことは、知ってますか?」
公一を見つめたまま、唯志は口を開いた。
「ああ」
「じゃ、僕が養子で、公一が実子だってことも?」
「ああ」
「僕っていったい、なんなんでしょうね……」
溜め息混じりにつぶやいた、これが唯志の本音なんだとわかる。
じっと見つめていると、唯志はハッとしたように公一から視線を俺の方に戻し、照れくさそうに笑った。
「こんなこと、純平さんに言ってもしょうがないのに……すいません」
思わず本音を言ってしまったときの、照れ隠し。
(こいつは……)
俺は、唯志の言葉を無視して話をつづけた。
「なんで、唯志は自分が養子だって知ったんだ?」
「え?」
笑顔が一転して、困惑顔になる。
「親に、聞かされたのか?」
「いいえ。小学校の時、同じクラスの子から」
「……あ?何だそれ」
「あの、正確には聞かされた、というより、いじめられた、というか」
困惑顔が苦し気に歪む。
「お前は、もらわれっ子だって。そう、言われたんです」
(きついな、そりゃ)
「最初は軽く聞き流してたんですけどね、いつもの悪口だって。僕、イジメられっ子でしたから、慣れてたんです、その程度の言葉くらい。でも、そのうち噂が広まってきて、それでまさかとは思ったけど、両親に聞いてみたんですよ。両親って言ったって、母親は父の再婚相手で、当時嫁いできたばかりでしたが。ま、その時に、父から事情を聞かされたんです。小学生だった僕に……それもまだ2年だか3年だかですよ、それなのに、父は延々と説明してくれましたけどね。僕にわかったのはせいぜい、自分は本当にもらわれっ子だった、ってことだけで……すいません、一杯、いただけますか?」
差し出されたグラスに酒を注ぎながら俺は聞いた。
「養子だってことが、コンプレックスか?」
「当たり前ですよ」
注いだ酒を、唯志はまた一気に飲み干す。
「それまでだって、別に公一と差別されて扱われたことはなかったけど、もともと僕は学校ではよくいじめられていて……その理由ってのがバカらしいんだけど、僕が医者の息子で金持ちで、おまけに勉強もできてって。さらに僕がそれら全部を誇りに思ってたってことが原因なんだ。僕はとてもプライドが高くて、ほんとに、自分でも嫌になるほどプライドが高くて、誰にも負けるのが嫌で、そのくせ、常に何でもトップなくせに、それで当然って顔して。まぁ、嫌な奴だよね、周りから見れば。いじめられて当然だったのかもしれない。でも、そんな風になったのも、いじめられたって平気でいられたのも全て、自分の家が名の通った医者で、僕はその家の長男だっていうプライドがあったからなんだ。それが一気に、崩れたんだよ。僕は医者の……あの有野の家の子供なんかじゃなくって、僕はもらわれっ子で。じゃあ僕は、こんなに頑張ることなんて無いんだ、って思ったこともあったけど、公一は昔からあんなで僕の後をついて歩くようなやつだったし、僕は、もらわれて、育ててもらってるんだ、なんて思ったら、やっぱり誰にも負けられなくて……」
自分で空のグラスに酒を注ぎ、こぼしながらもまた一気にあおり、
「そうしたら、自然と親の期待も大きくなる。公一は、医者の息子だって自覚が全然無かったから、てんであてにならないし。実子の公一が跡を継ぐのが本当は一番いいんだろうけど、でも実際にそうなったら、僕はますます立場がなくなって、今よりももっと苦しかったかもしれない、かな。結局、こうなるしかなかった。僕は医者になるしかなかったんだけど……」
トロンとした瞳をこちらに向け、弱々しい微笑みを浮かべる唯志に、俺は胸が締め付けられるような思いがした。
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