第11話

「本当に、申し訳ない」

「いいっていいって。いつものことだし」


 酔いつぶれてまったく力の抜けた人間というのは、かなり重たい。

 公一は華奢だから結構軽い方だとは思うけれども、それでも思ったよりも重く感じられた。

「代わりましょうか?」

「大丈夫だよ。軽いから」


 唯志が店に来るまでの間にすでにほろ酔いになっていた公一は、俺と唯志が語り始めてからもペースを落とさずに飲み続け、話に熱中していた俺達が『静かになったなぁ』とふと前を見たら、酔いつぶれて眠っていた。

 店から公一の家までは遠く、唯志はタクシーで公一を連れて帰ると言ったのだが、唯志も結構酒が回っていて足元が覚束なくなっていたし、そんな唯志に公一をまかせたら共倒れになりそうで、結局店から近い俺のアパートに2人とも連れて帰ることにした。


「ここ」


 鍵をまわして玄関のドアを開け、


「悪いけど、公一の靴、脱がしてくれるかな。このままベッドに寝かせるから」

「あ、はい」


 靴を脱がせた公一を背負ったまま、俺は部屋に上がり、


「散らかってるけど、ま、入って」

「はい……おじゃまします」


 手早く公一をベッドに寝かしつけ、


「どうする?まだ飲む?それともコーヒーにしとく?」

「え……じゃ、コーヒーを」

「またまた、そんなこと言うなよ。明日、休みなんだろ?飲もうぜ」


 俺は、グラスと酒を用意する。

 2人を連れて帰ってきたのは、危なっかしいから、という理由だけではない。俺はもっと、唯志と話がしたくて……一緒に飲んで語りたくて。

 一応、酒かコーヒーか、などと聞いてはみたが、あくまでも、一応。

 俺は最初から唯志と飲み明かすつもりでいた。


「そう、ですね。飲みましょうか」


 口調は相変わらずだが、唯志もだいぶ打ち解けてきている。


「えっ?!日本酒飲むんですか、純平さん」


 俺が手にしているビンを見て唯志は驚いた声をあげたが、家には日本酒しかない。


「飲めないのか?」

「というか、あまり飲んだことがなくて。たいていビールや焼酎なので」

「酒が飲めない訳じゃないなら平気だろ。それに、たまに日本酒ってのも、いいもんだぜ」

「でも、チャンポンってのは……」

「心配すんなって。酔いつぶれたら兄弟まとめて俺が介抱してやるから」

「はぁ……でも……」


 まだ渋っている唯志の手にグラスを持たせ、酒を注ぐ。


「グッといってみろ」


 俺の見ている前で、唯志は諦めたようにグラスを口元へ運び……一気に流し込んだ。


(おいおい……ほんとに一気にいくか?!)


 俺は一瞬ドキッとしたが、唯志はふぅっと息をつくと、ニコリと笑った。


「結構いけますね、日本酒も」

「だろ?」


 案外ケロッとしている唯志の顔に、ホッと胸をなで下ろす。


(医者が急性アル中で倒れたなんて、シャレになんねぇからなぁ)


「何、やってんですか。純平さんも早く飲みましょうよ」

「あ、ああ」


 唯志にせかされて、俺もグラスに酒を注ぐ。

「純平さん、乾杯しましょう」

「え?」


 ほんのりと朱に染まった顔で、唯志は俺に微笑みかけ、


「僕たちの出会いに、乾杯」


 チン、と軽くグラスを合わせ、再び一気に飲み干す。


「おいおい」


 思わず俺は、グラスに酒を注ごうとしている唯志を止めた。

「なんですか?」


 振り返った瞳は、ぼんやりとしていて焦点が合っていない。


「もう、酒はやめといたほうがいいんじゃないか?」


 焦点は合っていないものの、その意志の強い瞳に見つめられ、俺は一瞬たじろいだ。


「何、言ってんですか。今、飲み始めたばかりじゃないですか。ほら、純平さんもグッといきましょう、グッと」

「あ、ああ」


 言われるままにグラスを空け、酒を注いでもらいながら、


「でも、もっとゆっくり飲もうな。こんなペースじゃ、あんまり、もたないぞ?」

「潰れたら、純平さんが介抱してくれるんですよね?」


 三度グッと一気にグラスを空け、唯志はトロンとした瞳でイタズラっぽく俺を見、


「医者の僕が、介抱してもらうなんて」


 クスッと笑ったが、すぐにスッと真顔になった。


「別に、好きで医者になったわけじゃないけど」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る