第41話

 翌朝目を覚ましたミュリエルの視界にフィンの眠っている顔が目に入り驚いた。そういえば昨晩一緒に寝たのだったと思い出し、普段じっくりと見ることのないフィンの顔を観察することにした。


 まつ毛は長く、頬が高くて顎が角張っている。整った顔立ちにダークブロンドヘア。


 どうしてこんなに素敵な人が自分なんかを好きだと言ってくれるのだろうか、ミュリエルには理解ができず不思議だった。


 彼ならきっと選り取り見取りだろう。体で迫られることも多いのではないだろうか、だから女性の扱いに慣れているのかもしれない。もし私がこんな男だったならもっと艶やかで陽気な女性を選ぶだろうとミュリエルは思った。


 フィンの瞼が上がりスカイブルーの眠たげな瞳が現れた。


「おはよう。そんなに見つめてどうしたの?」


「瞳の色が綺麗だなと思っていました」


「ミュリエルの瞳はアースアイだね。グレーにオレンジそれとブルーも少し混ざってるのかな。とっても綺麗だ」


「濁っています」


「それは虹色って言うんだよ。まるで美しい絵画を見ているようだ」


「フィンさんがいいならそれでいいです」ミュリエルは恥ずかしそうに視線を伏せた。


「うん、朝食を食べに行こうか。もう少しゆっくりしていたいけど今日帰るんだろう?」フィンは起き上がってバスルームへと歩いて行った。


「明日は診療日ですから、帰ってポーションを作ります」


「手伝うよ」フィンはミュリエルの手を取りバスルームへ連れて行き、服を脱がせてバスタブに一緒に浸かった。


「今日は本来休診日ですから休んでいいですよ」


「俺がミュリエルと一緒にいたいんだ」フィンはミュリエルの髪の毛を湯ですすいで、体に石鹸をつけた。


 嬉しそうにしているミュリエルに胸を撫で下ろした。未だに好きという言葉をミュリエルから聞いていない。


 好きでもない男とベッドを共にするわけがないし、今もこうして裸で風呂に浸かっている。好かれていると分かっていても、好きという言葉がないと不安になってしまうものなのだなとフィンは思った。


 2人は身支度を整えて昨日と同じカフェに行き朝食を食べてからホテルを出た。


 人目につかないところまで馬車で移動し、ミュリエル薬店の工房へテレポートして戻ってきた。


「おかえり、ミュリエル、そろそろ帰ってくる頃じゃないかと思って待ってたんだ」


 モーリスは金曜の夕方に彼らが出て行ってから、ずっと気が気でなくそわそわしていた。鬱陶しくなったジゼルはミュリエルが帰ってくるのを工房で待っていればいいじゃないと言い、モーリスを家から追い出した。


「ただいま帰りました。ギャスパー・オートゥイユ卿の協力が得られました」ミュリエルは昨日までの事をモーリスに話して聞かせた。


「海賊か、どえらいもんに手を出しちまったな。貿易会社をしてたら海賊に出くわすこともあるのか」


「ミュリエルは既にカルヴァン家を出ているし、出て行った経緯はアンドレ王子が知っているんだろう?それにミュリエルは最近勲章を受賞したばかりだし、ブリヨン侯爵の罪を暴いたのもミュリエルだ。連座ってことにはならないよな」フィンが最も懸念していることを言った。


「当然だフランクールの国王は救国の乙女を処刑するような馬鹿じゃないさ」モーリスはそう言い切ったが、声には不安が滲んだ。確かなことは分からない。万が一の可能性もある。


「罪に問われないよう根回しをするつもりですが、もしも何かしらの罪に問われることになったら逃げますから大丈夫です」ミュリエルはクリスタルリングを掲げて見せた。


「テレポートか、それならどこへでも行けるな」モーリスが言った。


 フィンはミュリエルの手を取ってこちらを向かせた。


「そうなったら、そのリングは俺が預かる。没収されるといけないからね、必ずどんなことをしてでも届けると約束する。一緒に遠い国で暮らそう」


「なんかお前たちの距離が近くないか?そもそも何でお前とミュリエルが一緒に暮らすんだ!一緒に暮らすのは俺とジゼルだ」モーリスはミュリエルとフィンの間に割って入った。


「俺とミュリエル互いの気持ちを確認しまして、お付き合いすることになりました」フィンは満面の笑みで言った。


「——フィン、お前ミュリエルに手を出しやがったな!許さん!」逃げ出したフィンをモーリスがすりこぎ棒を手に持って追った。


「待って待って、最後まではしてませんって!」


 フィンとモーリスはテーブルをぐるぐると回り向かい合わせに対峙した。


「最後までだと!最初はしたんじゃないか!逃げるなフィン!叩きのめしてやる」モーリスが手を伸ばしてフィンを捕まえようとするが、あと少し手が届かない。


「おかえりミュリエル」ジゼルが店に入ってきて言った。


「ジゼルさん、ただいま帰りました」


「これは一体何の騒ぎ?通りまで聞こえてたわよ」ジゼルが睨み合うフィンとモーリスに呆れて言った。


「ジゼル、いいところに来た。挟み撃ちにしてフィンを捕まえよう。こいつミュリエルに手を出しやがったんだ」


「あら、そう。ミュリエル、おめでとう」


「ありがとうございます。何だか照れ臭いです」


「ジゼル、俺たちのミュリエルが穢されたんだぞ」モーリスはジゼルに裏切られて戦意を喪失した。


 ジゼルはモーリスの腕をぽんぽんと叩いた。まるで子供をあやすように。「モー、いいことじゃない、ミュリエルに恋人ができたんだから祝福するべきよ」ジゼルはフィンに指を突きつけた。「でもねフィン、もしもミュリエルを泣かせることがあったらその時は覚悟することね、生きていることを後悔させてあげるから」


「肝に銘じます」フィンはジゼルが怒ったところを見たことがない、日頃優しい人ほど怒ると怖い。ミュリエルの平穏を命懸けで守ろうとフィンは誓った。


「それじゃあ、ゆっくり座ってお茶でも飲みましょう。マルセルがどんな所だったか聞きたいわ」


「お土産を買ってきました」


「まあ、嬉しい。あなたたちも追いかけっこしてないで、一緒にお茶を飲むわよ」


「くそっ!逃げ足の速い奴め」モーリスはフィンの後頭部をパシンと叩いた。


「いてっ!お褒めにあずかり光栄です」フィンは叩かれた頭をさすった。この程度で済んでラッキーだった。仲裁をしてくれたジゼルに感謝した。


「結婚までは絶対にミュリエルの純潔を守れよ。やらかしたら玉無しにしてやるからな」


「了解です」

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