第28話

 ミュリエルの魔力を最大限注いで作られたポーションが完成し、ミュリエルたちは ポーションを持って病室へ急いだ。


「エドガーさん、新しいポーションをソーニャさんに投与します」ミュリエルが言った。


 ソーニャの体を抱きしめ伏せていたエドガーは一縷いちるの望みを抱いた。


「それを飲めば治るのか?」


「そう願っています。私は諦めません。夫には自分が必要なのだと言ったソーニャさんに生きて欲しいのです」


「何でもいい、助かる見込みがあるなら何でも試してくれ」


 ミュリエルはソーニャの鼻から胃へとつながっているチューブにポーションを流し込んだ。


 それから永遠とも思える重苦しい時間が過ぎていった。ソーニャが危篤状態だと知らされたセルジュとアニーは天に願いを込め、シスターたち、アタナーズ商会の従業員一同は聖堂に集まり祈り続けた。


 外が白み始めポーションを投与して3時間が経った頃、ソーニャの目が開いた。


「ソーニャ……ソーニャ!分かるか?俺が分かるか?」


「当たり前じゃない、私の可愛い人」


「ソーニャ、俺を置いていくんじゃないぞ、俺はお前がいなきゃ生きていけないクズなんだからな」


「どうしたの?何があったの?私はあなたから頼まれたって離れたりしないわよ」


「死にかけたんだ——それをミュリエルさんが、天使が救ってくれたんだ」


「ほらね言ったでしょう?天使がいるのよって、本物の天使がね」ソーニャはエドガーの頬をぽんぽんと叩いた。まるで親が子を宥めるように。


「ああ、お前の言う通りだった」エドガーはソーニャの手を取り口づけた。


「診察しますね」ミュリエルはマジックワンドでソーニャの体をスキャンした。


「ミュリエル薬師、夫を助けてくれてありがとうございます。こんなに元気になってて、安心したわ」


「あなたも元気にならなければなりません。ソーニャさんは心筋疾患を患っています。心筋の収縮力が落ち、心臓のポンプ機能が低下してしまう原因不明の難病です。今はポーションが効いていますが、ただ心臓を無理矢理動かしている状態です。治療法が確立されていないので治療は手探りですが、完治を目指しましょう」


「そんなに重い病気なのか⁉︎ソーニャの心臓は治るのか?」エドガーは怯えた目をミュリエルに向けた。


「長い道のりではありますが、私は諦めません。根気よく続けていきましょう」


「あんたがいなければ今頃どうなっていたか、考えるだけでも恐ろしいんだ。俺たちソーニャやセルジュの命を救ってくれたあんたにソーニャの命を託す。頼む、ソーニャの心臓を治してくれ」エドガーはミュリエルの手を取り頭を下げた。


「どのような治療を行なったのか黙っていてくれと言ったら?」モーリスが言った。


「どういうことだ?」危篤だった人の目を覚させたというのに、黙っていてほしいと頼まれるとは思わずエドガーは怪訝けげんな顔をした。


「ミュリエルが魔力をソーニャさんの体に直接送り命を繋いだことは黙っていてほしい。どうやって助かったのか聞かれたら、ミュリエルが作ったポーションで一命を取り留めたとだけ言ってほしい」モーリスは険しい顔で答えた。


 ソーニャはモーリスが言わんとすることを理解した。「魔力を直接人の体に送れるのは大魔術師のような力のある者のみ。ミュリエル薬師は大魔術師なんですね。だから黙っていてほしいと。モーリス薬師はミュリエル薬師が利用されるのを恐れているんですね」


 モーリスはゆっくりと頷いた。「この子は純粋な子だ利用されるなんてあってはならない」


「命の恩人の頼みだ、そんなのお安い御用さ。なあ、ソーニャ」


「私は眠っていたし、よく覚えていないわ。私はミュリエル薬師のポーションで生還したのよ」


「俺も気が動転してたからな。ミュリエルさんが妻にポーションをくれたことしか覚えてない」


「——ありがとうございます」ミュリエルは2人の優しさに胸が温かくなり、目頭が熱くなった。


 誰からも愛されるミュリエルをフィンは愛おしく思った。彼女が幸せでいてくれればそれでいい、そして、彼女のことをずっと支えていきたいと強く願った。



 ソーニャの意識が戻り、一時は危なかったが快復に向かっているという知らせが、野戦病院を設営しているアタナーズ商会の従業員に届いた。


 命の恩人であるミュリエルのためにと力を入れて病院の設備を整えた。1ヶ月後には司祭館から完全に野戦病院への移行が終了した。

 それに伴いミュリエル薬店も当面の間休業することとなった。


 野戦病院開院当日、携わった関係者が早朝から集まった。


 セルジュとアニーはお互いに寄り添い元気な姿で立っていた。


 心臓に負担がかかるといけないので、ミュリエルは車椅子に座ることをソーニャに提案した。エドガーが車椅子を揺らさないよう慎重に押す姿はとても微笑ましかった。


「アタナーズ商会の皆様が力を貸してくださったおかげで、野戦病院を開院することができました。本当にありがとうございます。皆さんの努力に必ず報いると誓います。そして、サンドランス教会シスターの皆様、危険を顧みず、病人の看病をしてくださったことに感服いたします。今日この日を迎えることができたのはシスターの皆様の勇気のおかげです。冬は始まったばかり、新型のウイルスが猛威を振っています。現在王都だけでも約2万人が感染し発症していると推測されます。今後更に増加していくでしょう。市井では、行き場がなく死を待つだけの人々が大勢います。ここが彼らの受け皿になることを願っています。どうかお力をお貸しください」ミュリエルは深々と頭を下げた。


 集まっていた人たちは拍手をすることで賛同の意を表した。


 午前8時、野戦病院の噂を聞きつけた患者たちが列をなして訪れた。


 熱が出たのだけど新型のウイルスじゃないだろうか?他の薬師から流感のポーションを買って飲ませたが、子供の熱が一向に下がらない。などといった相談を受け、軽症ならば病棟Bへ、重症ならば病棟Aへ、生活環境に不安がある場合は病棟Cへ、そうでない場合はポーションを渡して、看病の注意事項、感染者との接触はできる限り最小限に、布で口と鼻を覆うこと、室内のストーブで湯を沸かし続け湿度を保つこと、手洗いうがいをこまめに行うことを伝え、帰宅させた。


 そうすることで野戦病院がある王都東側の地区は急激に増え続ける感染者数を僅かだが抑えることができた。

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