第26話

 エドガーとセルジュの病室の前には人集りができていて、フィンは数人の男に取り囲まれ、どうして見舞えないのかと責め立てられていた。


「フィンさん、ご苦労様でした」


 追い詰められていたフィンはミュリエルとモーリスの登場に救われ、味方を得て命拾いしたようだと胸を撫で下ろした。


「アタナーズ商会の方々です。見舞いがしたいそうなんですけど、面会謝絶だと言っても納得してくれなくて」


 感染を広げないためにミュリエルはエドガーとセルジュへの見舞いを禁止するようフィンやシスターたちに伝えていた。


「ミュリエル薬店の薬師ミュリエルです。皆さんのお気持ちは分かりますが、感染を広げないためには接触しないことが1番なのです。エドガーさんとセルジュさんのことは我々に任せて、別室でお待ちください。後ほど診察いたします。それから、皆さん口と鼻を布で覆って下さい。感染のリスクが軽減します。フィンさん大広間へ皆さんをご案内して差し上げてください」


「了解です。じゃあ皆さん俺についてきてください」


 慈愛の天使に言われたならば仕方がないと男たちは渋々フィンについて行った。


 ミュリエルとモーリスは部屋に入ってドアを閉めた。セルジュの足元にうずくまり、止めどもなく流れる涙を拭っているマルタンがいた。


「ミュリエル薬師、みんな見舞いに来てくれただけなんです。迷惑かけるつもりはなかったんです」騒いでいたことをとがめられたのかと思ったセルジュが申し訳なさそうに言った。


「お気持ちは分かります。ですが、お見舞いはお断りしたほうが良いでしょう。今は感染していない人があなたを見舞うことで感染してしまうかもしれません」


 セルジュの顔色はまだ良くないが少し元気が出てきたようだとミュリエルは思った。


「あ!そうか……俺はただ、みんなが来てくれて心配してくれたことが嬉しくて」


「当然です。弱っているときは人の優しさが身に染みるものです」


 エドガーが目を覚ましたようで鼻のチューブを抜こうとしたので、ミュリエルは駆け寄ってエドガーの手を押さえた。


「抜かないでください。私はミュリエル薬店の薬師ミュリエルです。私がゆっくりチューブを抜きますから少しだけ辛抱してください」


 ミュリエルはマジックワンドで体内の様子を確認しながらチューブをゆっくりと引き抜いた。


「うちの若いもんが迷惑かけたみたいだな。すまない」エドガーは咳き込みながら言った。


「ボス!目が覚めたんですか!」心配そうに見ていたセルジュが嬉しそうに言った。


「あんなだけうるさけりゃ目も覚めちまうよ。気持ちよく寝てたってのにな」


「エドガーさんは酷い流感にかかっています。今朝方聖堂で倒れられてから、半日以上意識を失っていました。今痛むところはありますか?」


「身体中あちこちが痛い」


「鎮痛薬を処方しましょう。診察しますね」ミュリエルはエドガーの体をスキャンした。


「あんた若いのに薬師か」


「はい、ミュリエルです」


「ミュリエル薬店か、妻から聞いたよ天使がいるって、あんたがそうか」


「そうですよ、ボス!俺たち天使に助けられたんです。死にかけてる俺たちを慈愛の天使様が助けてくださったんですよ」セルジュが言った。


「そうか、ソーニャが言ってたことは大袈裟じゃなかったんだな、あんたのおかげで俺もセルジュも命拾いしたようだ恩に着るよ。俺はアタナーズ商会の会長なんだ。あんたにもし、困ったことが起きたらアタナーズ商会はあんたの味方になる。いつでも相談してくれ」


「私は薬師です。人を助けるのが仕事ですから、恩を感じる必要はありませんが、困ったことがあればその時はよろしくお願いします」


「そういやソーニャはどうしてる?家に1人でいるなら様子を見に行かせたいんだが」


「ソーニャさんはここにいます。感染してしまい、発症したので治療を受けていただいています。先程ポーションを飲んで眠られました」


「俺がうつしてしまったんだな——」きっと元気になったら病気をうつしてしまったことで散々文句を言われるだろう。また禁煙しろ禁酒しろと煩く言われるのだ。高価な宝石や化粧品を買って機嫌を取らなきゃなとエドガーは思った。


「ずっとあなたの心配をしておられました」


「ボスとソーニャさんはおしどり夫婦なんですよ」セルジュが横から口を挟んだ。


「最近になってようやくあいつの有り難みが分かってな、捨てられないよう必死なんだ。ソーニャは苦しんでるのか?」


「今は静かに眠っています。ですがこれから急激に悪化するでしょう。解熱鎮痛薬を投与しましたが、様子を見るしかありません」


「見舞いにはいつ行ける?あいつの顔が見たいんだが」病気で心が弱っているのだろう、ソーニャの声を聞いて安心したいとエドガーは思った。


「まずはご自分の快復が先です。その間ソーニャさんの容態は逐一お知らせします。順調に回復すれば7日ほどでエドガーさんは完治するでしょう。それまでしばらく辛抱してください」


「7日か、長いな——ミュリエルさん、ソーニャをよろしく頼む」


「分かりました。最善を尽くします」


「ミュリエル薬師、アニーの具合も診てもらえますか」セルジュが言った。


「どこか心配なところがありますか?」ミュリエルがアニーに訊いた。


「いいえ、熱も今のところありませんし、言われていたような症状は出ていません。セルジュが心配性なだけです」


「だけどさっき、くしゃみしたじゃないか」


「埃が入っただけよ」


 ミュリエルはウイルスの有無を調べるためにアニーの体をスキャンした。「看病していれば十中八九うつるでしょうが、今のところは未感染です。口にあてた布を外さないこと、清潔に保つこと、手洗いうがいを頻繁に行うこと、部屋の湿度を高く保つことをしっかりと守ってください」


「分かりました」


 ミュリエルとモーリスが部屋を出ようとした時、ちょうどフィンが戻ってきた。


「大広間は大騒ぎですよ、どういう状況なのか教えてくれって」


「アタナーズ商会の皆さんの問診を始めます。フィンさん、手伝ってください」


「若いのが迷惑かけちまって、すまない」エドガーが言った。


「あれ、エドガーさん意識が戻ったんですね、よかった。ソーニャさんがずっと心配されてましたからね、意識が戻ったと聞けば喜ぶでしょう」フィンはエドガーの回復を喜んだ。


「俺は情けない夫だ。あいつには心配ばかりかけてる」


「エドガーさんも心配したほうがいいですよ、俺、ソーニャさんに口説かれちゃいましたから」


「な!何!ソーニャは俺のもんだ、お前みたいな若造に渡しはしないぞ」


「ハハハ、冗談ですよ」


 ミュリエルとモーリスとフィンは部屋を出て大広間まで歩いた。


 フィンがドアを開けると一斉に質問の雨を浴びた。


「俺はアタナーズ商会の副会長をしているガストンです。エドガーさんとセルジュが危険な状態だと聞きました。2人は助かるんですか?」30代後半のひょろりとした男が、騒ぐ者たちを黙らせ皆を代表して訊いた。


「先程、エドガーさんの意識も戻られました」ミュリエルの言葉に男たちは安堵の声を漏らした。「今はお2人とも快方に向かっていますが、予断を許さない状況であることに変わりはありません」


「助けてくれるんですか?」ガストンは不安そうに訪ねた。


「もちろんです。たとえ何が起ころうとも見捨てることはありません。全力を尽くします。皆さんにも感染の可能性がありますので今から診察を受けていただきます」


「家族はどうなるのでしょうか、幼い子供がいる者もいるんです」


「ご家族の皆さんも接触があったのなら全員ここへ来てもらい、診察を受けてもらいます。これは、感染を広げないために必要な処置だと思って下さい」ミュリエルが指示した。「モーリスさん半分診察を受け持ってください。フィンさんは皆さんの熱を測り診療録に記入していってください」


 ミュリエルとモーリスは部屋の中央に椅子を並べて置き、患者を1列に並ばせ診察を行い、終了した者は壁際に並ばせた。左側には発症または感染しているが未発症、右側は感染なしだ。左側が7名、右側が4名となった。


「皆さんは発症していませんし、感染の可能性が限りなく低いです。帰宅していただて構いません。その他の方は既に症状が出ているか、感染しています。このままここに留まって治療を受けていただきます」


「家族を連れて来るのに人手が足りない、誰か手伝ってくれないか」モーリスが非感染者に声をかけた。


「もちろん手伝います。何でも言ってください」スルエタには同行していなかったため、感染していなかったガストンが答えた。


「じゃあ誰が誰を連れて来るのか別室で打ち合わせをしよう」モーリスは非感染者を連れて部屋を出ていった。


「発熱がある皆さんには解熱薬のポーションをお配りします。発熱していないお二人は感染していますが、まだ症状が出ていません別室にて待機していただきます。フィンさんご案内をお願いします」


「じゃあついてきてください」フィンは2人を連れて出ていった。


 ミュリエルはポーションを配り全員が飲み終えるのを見届けた。「それでは、病室にご案内します」


 ミュリエルは5人を病室へ案内し、廊下から外の時計塔を見た。時計の針は午前3時を指していて、ミュリエルの目は限界を超えていた。


 キッチンの椅子に座って少し仮眠を取ってからポーションを補充しようとキッチンへ向かって歩いた。

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