第17話

 目を覚ましたユーグにミュリエルはポーションを飲ませ、モーリスにユーグをゲストルームまで運んでもらい、ミュリエルはゲストルームにジゼルが用意した朝食を運んだ。


 ミュリエルはいつものように母屋で朝食をとった。


「昨日の晩は大変なことがあったんだって、あたしは知らずにぐっすり眠ってたよ」シャンタルが言った。


「シャンタルさんには、よく眠れるポーションを処方していますから、ちょっとやそっとでは起きません。流感が流行りはじめたようです。モーリスさんもジゼルさんもあまり外へは行かず手洗いうがいを徹底してください」


「そうね、シャンタルさんにうつしたらいけないもの、気をつけましょう」ジゼルが言った。


「あたしなら大丈夫さ、小さなウイルスごときに負けるほど柔じゃないからね。それにあたしにはミュリエルがついてるんだ無敵だよ」シャンタルは声をあげて笑った。


「モーリスさん、やはり野戦病院のような施設を作る方向で動いてみたいと思います。治療が終わった後、経過観察ができる施設があったら便利だと思うのです」


 病気になった時のミュリエルは誰もいない部屋で1人苦しみ続け、ただ時が過ぎることを願い、楽になれることを祈るしかなかった。


 モーリスの薬草園で育てた薬草を使い、ミュリエルの魔力が多量に含まれたポーションが作れるようになってからは苦しまずに済んだが、たった1人で病に立ち向かうことの心細さをミュリエルはよく知っていた。シャンタルのように家族のいない者は、耐え忍ぶしかない。


 心が折れてしまったら生きる気力も折れてしまう。そうなれば病の勝ちだ。


「分かった、やってみたいと思うことがあるなら何でもやってみろ、いくらでも力を貸してやる」


 まずは場所の確保、王都の外れに行けば土地はいくらでもある。だけど領主が許可を出してくれるかどうかだ。収益があるなら喜んで誘致するかもしれないけれど、そうでなければ門前払いをくらうだろう。


 人員は診療補助なら、体力があって病人や怪我人を見ても平気な人であればいいから、それなりに集まりそうだが、薬師となると高収入でなければ雇われになんてならないだろう。人員の確保は難航しそうだ。


 建物の建設費、とりあえずはテントが現実的だろう。雨風をしのぐだけではなくて、出来れば寒さもしのぎたい。となると今のミュリエルの資産では到底足りない。出資者を募りたいところだけど、採算のとれない平民のための病院に出資してくれる人なんていない。


 ミュリエルは頭を悩ませた。金持ちの友人もいない、それに繋がるコネクションもないミュリエルにとって ZEROの事業で大金を稼ぐというのが最も当てになる方法だ。


 何とも頼りない。病院の建設費用が貯まるまでいったい何年かかるのだろうか。

 午前の診療時間になってフィンが出勤してきた。


「おはようございます。ミュリエルさん」


「おはようございます。フィンさん。実は今日から3日間ギャビーさんがお休みです。忙しいとは思いますがよろしくお願いします」昨晩モーリスと交代でユーグの看病をしていたため、ミュリエルの顔に疲れが出ていた。


「ミュリエルさん疲れてるようですね、ギャビーどうかしたんですか?」


「昨晩遅くに弟さんの様子がおかしいと連れてきたのですが、流感にかかっていました。ギャビーさんに症状は出ていませんが、念のため患者さんとの接触は避けた方がいいと判断しました。今はご家族そろって2階のゲストルームにいます。3日は滞在してもらう予定です。フィンさんもなるべく接触しないようにしてください。患者さんと接するときも口元に布を巻いて感染対策をしてくださいね。それからもし体調が優れないときはすぐに知らせてください」


「分かりました。流感ですか。これから忙しくなりそうですね」


「例年通りであれば目が回るほどの忙しさです。お昼休みを返上しなければならないかもしれません」


「例年通りでそれなんですね」


「平時であればさほど気になりませんが、こういった流行性の病気が広がると圧倒的に薬師の数が足りなくなってしまうのです」


「単純に考えたら薬師を増やせばいいということになりますけど」


「そうですね、通常薬師になるには弟子入りをしなくてはなりません。どの薬師も子に受け継ぐだけで弟子を取ろうとはしないのです。なぜなら、薬師が増えれば自分の経営する薬店の売り上げが落ちるから」


「そうか、平時では足りてるんですもんね」


「はい、だから薬師ではなく補助を増やしたいのです。薬師が診察をし、補助が治療にあたる。これならば他の薬店に影響はありませんし、今まで手に余っていた患者さんも受け入れることが出来るようになるのです」


「例えば?」


「負傷して体が満足に動かせなくなった人、一人暮らしのご老人、大人がいない子供だけの家庭。病気の時こそ栄養が必要なのに、食事も満足に食べられない家庭が多いです。薬師はポーションを渡して家へ帰し、無事を祈ることしかできません。もしも、宿泊ができてお世話もしてもらえるそんな施設があればもっと多くの命を救えるのではないかと思うのです」


「ホテルのような薬店ですね」


「そうです、問題は山積みですがいつかは実現したいと思っています」


 その壮大な夢をフィンも手伝いたいと思った。それはフィンが善人だからじゃない、ミュリエルの顔が今まで見た中で1番輝いていたからだ。


 診察が始まってすぐに流感の患者が続いた。今年も爆発的な流行の兆しだ。


 最後の患者が帰り診療録を整理しながらフィンが言った。「今日の患者が83人そのうち17人が流感でした」


「予約制にしている分ここはまだいい方かもしれませんね、手洗いうがいを徹底して、来店された患者さんたちにも手洗いうがいを周知していきましょう」ミュリエルが答えた。

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