第10話 

 ミュリエルは午後の休憩時間を利用して、商業ギルドにやってきた。


 数日前、モーリスから店を引き継ぐ時にミュリエルはここを訪れていたので、戸惑うことなく真っ直ぐに受付へ向かった。


「あら?ミュリエルさんこんにちは。モーリスさんから薬店を引き継ぐ時に手続きを、お手伝いしたコリンヌです。覚えてますか?」


 20代後半くらいの赤毛を三つ編みにし、両肩に垂らしている女が、ミュリエルに声をかけてきた。


「はい、その節は大変お世話になりました」


「いえいえ、それが仕事ですから。今日はどうされましたか」


「従業員を雇いたくて来ました」


「そういえば聞きましたよ、噴水広場で倒れていた人を、ミュリエルってレディが救ったって。あれってミュリエルさんのことでしょう?」


「……多分そうだと思います」噂は薬店の近所だけだろうと思っていたのに、思いの外広範囲に広がっていることを知ったミュリエルは戸惑い、少し狼狽うろたえた。


「それでお店に人が集まっちゃって従業員を探しているんですね」


「その通りです。モーリスさんの奥様が方々に声をかけてしまって、モーリスさんも私もてんてこ舞です」


「ジゼルさんですね、何度かお会いしたことがあるんです。面倒見のいい人ですよね」


「はい、とてもよいご夫婦です」


「従業員の募集でしたね、この紙に必要事項を記入してください。それをあちらのボードに貼っておけば仕事を探している人が見てくれますから」


「ありがとうございます」ミュリエルは紙を受け取り記入していった。



 【募集人員2人、年齢不問、性別不問、字の読み書きができて、仕事に意欲のある人、人に尽くすのが好きな人。週5日、就業時間は午前8時から午後4時まで、休憩時間は2時間。給料は1月300トレール】



「条件いいですね、これならすぐに人が集まりますよ」


「そうでしょうか、忙しさを嫌わない人が来てくださるとよいのですが」ミュリエルは書いた紙をボードに貼った。「コリンヌさんありがとうございました」


「どういたしまして、また何かあればいつでもどうぞ」いつも礼儀正しくお辞儀をする人だなとコリンヌは思った。


 歩く姿は優雅だし、字もとっても綺麗でまるで教科書のようだ。きっといいところのお嬢様なんだろうなとミュリエルがボードに貼っていった求人書を眺めながらコリンヌは考えていた。


「お!新しい求人?」

「あら、フィン。久しぶりね。また職を探しにきたの?」


「建築の仕事が終わったからね。また新しいところを探してるんだ」


「新しくできた薬店よ、建築の仕事よりお給料は少ないけど、条件はいいわよ。しかも、雇い主がもの凄い美人」


「雇い主は女なのか——」


「女だと不満なのかしら?」コリンヌは腕を組んで頬を膨らませ、憤慨しているといった仕草をした。


「そういうわけじゃないけどさ、一応俺も大人の男だ。変な噂が立っても困るだろう?女主人の情夫だとかさ、厄介な事になりそうで嫌なんだ」


「それなら大丈夫よ。親代わりのモーリスさんとジゼルさんがついているもの」


「親代わり⁉︎子供じゃあるまいし」鼻で笑った。金持ちの道楽か何かだろうかとフィンは思った。


「彼女まだ17歳よ、フィンは中央広場での噂、聞いてない?」


「レディが老婆を救ったって話か?」フィンはこの噂をあまり信じていなかった。命を救ったというのは大袈裟で、転んだ老婆を助け起こしたくらいのことだろうと思っていた。


「そう!そのレディが彼女なの」コリンヌは求人書に書かれた。ミュリエル薬店店主の名前を指差した。


 コリンヌが言ったように、給料は少ないが確かに条件はいい、だけど年頃の女と働くのはやはり気が引けるなと思い。連絡先はメモしなかった。


 その他にいい求人はないだろうかと探した。とりあえず屋根の修理が一件と、運搬の仕事を2件見つけて連絡先をメモした。

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