第9話

 翌朝は、朝食を食べた後、シャンタルの診察をした。


 ポーションを1日1瓶飲むようにと、とりあえず昨晩急いで作った10本を渡した。


 支払うお金がないと言ったシャンタルにミュリエルは、お金は出来たときでいいと言った。


 モーリスと一緒に薬草園の手入れをしてから、そろそろ店を開けようと店内に戻るとすでに店の前に、数人の患者が待っていた。


「ミュリエル薬師、患者さんがもう待っているじゃないか、忙しくなりそうだな」モーリスはミュリエルの薬師としての門出を喜んだ。


「はい、嬉しいです」


 モーリスが店のドアを開けた。「いらっしゃい!待たせて悪かったな。今日は俺の弟子で、天才薬師ミュリエルの初日なんだ。膝が痛いのだって、腹が痛いのだって立ち所に治してしまうぞ、なんたってこの天才は昨日、人の命まで救ったんだからな」


 モーリスもジゼルと同じだった。ミュリエルを自慢したくて仕方がないらしい。恥ずかしさを覚えたミュリエルは、諦めるしかないのだろうかと頭を抱えたくなった。


「順番に診察いたしますので、どうぞ中の椅子に座ってお待ちください」


 午前中はひっきりなしに来店する人たちをモーリスに協力してもらってさばいた。


 どうにか用意しておいたポーションだけでこと足りたが、底をついてしまった。午後は急患だけを受け入れることにしてポーション作りに精を出した。


 翌日は昨日の倍に患者が増え、店先に長蛇の列ができてしまい、仕方なく整理券を配り、より重症な人をミュリエルが診察、軽症の人はモーリスが症状を聞きミュリエルが作っておいたポーションを売った。


 ジゼルの宣伝効果がこんなに早く出るとはミュリエルもモーリスも予想外だった。


「これではなかなかさばききれませんし、モーリスさんにゆっくりしてもらうこともできません」


「俺は別に構わないが、でもたしかに従業員が必要だな。予約制にするのもいいかもしれないぞ」


「そうですね、予約制を取り入れてみましょう。従業員も商業ギルドで募集してみます」


「それがいいな、面接は俺も付き合うよ」


「助かります。明るくて、気の利く人がいいですね」


「この店を一緒に切り盛りしてくれるような旦那が見つかると尚の事いいがな」モーリスはミュリエルを肘で小突いた。


「またそんなことを、私にそんな人はできませんよ」誰かの妻になり、母になることは全く想像できなかった。孫が見たいと嬉しそうに言うモーリスやジゼルの願いは、叶えてあげられないだろう。もう少し自分が社交的だったならばとミュリエルは少しだけ申し訳なく思った。


 夕方、鳥たちが集金から帰ってきた。注文書はまとめてテーブルに置き、お金は金庫の中へ入れた。


 ミュリエルは魔法を使いどんな動物でも使役することができるが、主に鳥と鼠を利用した。鳥や鼠ならばどこにいても不思議ではないし、逃げ足も早い。


 ナヴァル伯爵のおかげで“ZERO”の顧客は日増しに増えていき、ポーションの作製が追いつかなくなるほどだ。


「貴族たちは色事が好きだなー、凄い大金をたった一度の快楽のために使うなんて勿体ないとは思わんのか?庶民には理解し難いな」


「貴族の見栄ですよ。誰よりも男らしく、誰よりも女らしく。次は肌を綺麗にするものを作って貴族女性に売ろうと思います。唇をふっくらとさせるために蜂の毒針を唇に刺し、肌を白くするためにヒルに血を吸わせるような人たちですから、ポーションを飲んだり塗ったりするだけで綺麗になるなら、大金を出すでしょう」


「その金で情報を買おうってことだな」


「そうです。目的はロベール・カルヴァンの罪を暴き失墜させるため、そのための資金集めです」


「目的を果たしたら貴族への商売は辞めちまうのか?」


「いいえ、貧しい者たちに薬を届けるには結局のところお金が必要です。持っているものから、持たざる者の分まで回収します」


「ハハ!そりゃあいい、俺たちの血税で暮らしてるんだから、還元してくれれば市井も活気付くってもんだしな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る