第7話

 貴族階級の紳士が集まる場所『紳士クラブ』ここにミュリエルの初顧客となる男が来ているはずだ。


 毎週末ここへ14時に来て16時になると帰るという、尾行のしやすいパターンを繰り返している危機感のない、いいカモだ。


 ミュリエルはドアマンに紳士クラブの会員証を見せた。何のコネもないミュリエルに男性限定のクラブの会員証など当然手に入るわけがない。それならば作ってしまえと、父であるロベール・カルヴァンの期限切れの会員証をゴミの中から拾い、名前と有効期限を書き換え偽造した。


 これが自分でも満足いくほど精巧な出来栄えで、ドアマンも全く気がつかず難なく店内に入ることができた。


 今のミュリエルは田舎の子爵家子息でノエル・ブラッスールという架空の人物だ。


 ターゲットはすぐに見つけることができた。なぜならガハハと大きな口を開けて笑っている彼は目立っていたからだ。あんなに大きな口を開けて笑ったら、虫が飛び込むのではないかと思ってミュリエルは心配した。


 脂ぎった顔に、ボタンがはち切れんばかりに膨れ上がった腹は、まるでガマガエル。


 この男ナヴァル伯爵は秘密というものを守れたためしが無いというほど口が軽い。だからこそ彼は最初の客にうってつけというわけだ。


 ナヴァル伯爵が1人になるのを、コーヒーを飲みながら待った。

 誰にも話しかけられませんようにと祈りながら、一点を見つめ考え事に集中しているふりをしていたら、ようやくナヴァル伯爵が動き出した。


 トイレにでも向かったのだろうと思いミュリエルは後を尾けた。

 案の定ラバトリーに入っていったナヴァル伯爵を待ち伏せし、出てきたところで話しかけた。


「ナヴァル伯爵、あなたのお悩み事、これで解決しますよ」ミュリエルはそう言い、ナヴァル伯爵のポケットに小瓶を2本と、名刺を入れて、先程ナヴァル伯爵が出てきたラバトリーに入り扉を閉めた。


 ナヴァル伯爵は一瞬何が起きたのか分からずに瞬きを何度も繰り返した後、ハッと我に帰りラバトリーの扉を開けたが、そこにミュリエルはいなかった。


 すでにポータルを作りテレポートしていた。


 ナヴァル伯爵は家に帰ってきて、この2本の液体が入っている瓶をどうしようかと思案に暮れた。


 怪しげな液体を飲む勇気はない、がしかしあの青年が言っていた、『悩み事』とは何のことなのかが気になる。


——はて、誰かに弱みでも握られたのか?それとも誰かの悪戯か?——

 後ろ暗いことはしていないはずだが、罪を着せられる恐れもある。


 『悩み事』とやらを突き止めなければならないが、何より怪しいのはこの名刺だ。

 表はただ“ZERO”と書かれているだけで、裏は次回からの受け渡し方法が記載してある。

 『赤い旗を家の門扉に刺し待て、鳥が飛んできたら注文書と金を鳥に渡せ、鳥が注文の品を届ける。2瓶はサービスだ、次回からは1瓶1,000トレール』と書いてある。


 高くても100トレールほどのポーションが1,000トレールとは随分と高価だ。ということは、違法なのかもしれない。

 このポーションを飲んで牢屋行きなんて話はまっぴらごめんだ。


 そう考えていたところへ、ちょうどよく従者が部屋に入ってきた。


「ちょうどいいところに、お前これを飲んでみてくれないか」ナヴァル伯爵は従者に小瓶を握らせた。


「何ですか?これ」


「今日紳士クラブで貰った滋養強壮薬だ。問題ないか確かめてくれ」


「——分かりました」おかしな物を押し付けられたんじゃないだろうかと、従者は怪訝な顔をしながらポーションを飲み干した。


「どうだ?何か感じるか?」


「はい、えっと……下半身が熱いです」


 すると従者のズボンが膨らみ、むっくりと起き上がった。


「おお!これは凄い!なんと勃起薬か」


 やはり何も聞かされずに、押し付けられた物を飲ませたなと従者は睨みたくなるのを堪えた。


 それにしてもこれは凄い、最近衰えてきた気がしていたが、カチカチにそそり立っている。


「なかなか、いい物ですね。今なら数時間は使えそうですよ」


「そうか、そうか、よし、試しに飲んでくれたし、そのままでは仕事にならんだろう、今日はもう休んでいいから、楽しんでくれ」


「ありがとうございます」


 すぐに家へ帰って妻と楽しもうと思い、従者はいそいそと帰っていった。


 ナヴァル伯爵は早速、メイドに赤い布の旗を作るよう指示し、執事に5,000トレール用意させ、紋章がエンボス加工された高級な紙に『勃起薬を5瓶注文したい』と書いた。


 夕食を済ませた後、ポーションを1瓶飲み干し、久しぶりに妻のベッドに潜り込んだ。

 ナヴァル伯爵はここ最近EDを患い思い悩んでいた。


 紳士クラブでは誰もこの夢のようなポーションの話をしていなかった。ということは、きっと俺が初めて使ったんだ。これは自慢できるぞとほくそ笑みながら、その夜は3時間もの間行為にふけった。


 翌朝、門扉に赤い布の旗を立て、心躍らせながら待った。するとすぐに数羽のカラスが首から袋をぶら下げて飛んできた。


 この袋に注文書と金を入れろということなのだろうと思い、注文書と金をそれぞれのカラスに振り分けて入れた。


 これであとは品物を待つだけだ、どのくらいで届くのだろうか、来週末までに届けば他のやつらに自慢できるんだけどなと思いながら首を長くして待っていると、注文した翌日の夕方に品物が届いた。


 ナヴァル伯爵は小躍りして喜んだ。

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