#FINAL 始まる

 街中の喫茶店に丈二は立て篭もる。そこにいた客と麗奈を人質に取って警察の侵入を拒んだ。


『人質を解放し出てきなさい!』


 警官がメガホン越しに警告する。しかし丈二は応じない。ここで出て行ってしまえば彼はそのまま逮捕され麗奈を逃すことが出来ない。最悪な両親のもとへ帰る他なくなってしまうのだ。


「っ……」


 当の麗奈は巻き込まれ人質にされた客の震える姿を見て複雑な気持ちになる。


「何が目的ですか……?お金ですか……?」


 突き付けられたモデルガンを本物だと思っている店員が丈二に問う。


「俺が望むのは警察の撤退だけだ、金なんて……っ」


 丈二も焦っているようだ。それを察した麗奈は問う。


「こんなんじゃ警察は退かないよ、どうするの……⁈」


 そんな事は丈二も分かっている。ただ他にどうしようも無かったのだ。


「どうする?わかんねぇよ、どうすりゃいい……?」


 その焦りが人質にも伝わったのかこんな事を言われる。


「お願いします、帰らせて下さい……」


 モデルガンを突き付けられた店員が両手を上げて言う。


「家族が待ってるんです……!」


 その言葉が丈二を更に傷付ける。


「……俺たちにゃそんなのいねぇんだよ。わかんねぇよな、愛された事のない気持ちなんか……っ」


 この店員は全く悪くないがどうしても想いが溢れて止まらない。


「お前らが幸せに生きてる下で糞だめに落とされた奴らがいるんだ。ソイツらは基本見向きもされねぇ、そんで遂に想いが爆発したら一方的に悪だと見做されるのさ。何も知らないお前らによってな……っ!!」


 ありったけの溜まりに溜まった想いを吐き出す。店員は更に顔をこわばらせた。


「……ってアンタは関係ねぇよな、ごめん」


 言い放ってから冷静になり反省する。


「羨ましくて仕方ないんだ、アンタらみたいな人達が……」


 項垂れて顔を下げるが銃だけは絶対に下さなかった。申し訳なさは感じているが何よりも自分の意思を守るのが優先なのである。


「うわぁぁぁんっ」


 すると人質の中の子供が我慢し切れず泣き出してしまった。母親が焦るようにあやすが泣き止まない。


「えっと、ほら大丈夫だからねぇ……っ」


 泣き止ませないと丈二に撃たれると思っているかのように怯えながら必死にあやしている。


「〜〜〜っ」


 丈二は自分が悪者として見られている事が悲しくなる。こんな事したくてしている訳ではない、すぐにでも止めたいのに。

 よく見ると人質にされている喫茶店の客たちは見る限り全員が丈二や麗奈とは違う"家族や恋人"など愛する対象がいる者たちだった。


「だぁー分かったよ!」


 少しイライラが募った丈二は一度大声を出す事で発散させた。そして麗奈に指示を出す。


「麗奈、その子にジュースでも持ってきてやれ」


「う、うん……」


 言われるがままに麗奈はカウンターの中に入り冷蔵庫を漁る。中からオレンジジュースの紙パックを出してコップに注いでいる間、丈二はずっと貧乏ゆすりをしていた。当然店員に銃口は向けたまま。


「っ……」


 ジュースを注ぎながらも麗奈は丈二が気になって仕方なかった。怖いのだ、いくら自分のためとは言え他人にこんな事をする丈二が。

 そんな事を考えながら丈二を見つめているとジュースがコップから溢れてしまった。


「あーっ、あー……」


「何やってんだよもう……」


 丈二は無意識に近くにあった布巾を取り溢したジュースを拭こうとする。しかしその弾みで店員から銃口を離しそうになってしまった。


「あっ……」


 慌てて向き直りもう一度銃口を向ける。その様子を見ていた麗奈は丈二に思う事をぶつけた。


「ねぇもうやめてよ、私こんな関係ない人達を怖がらせてまで優しくして欲しくない……!!」


 視線は泣いている子供に向いていた。


「何だよ、俺はお前のためを想って……」


 そこで気付く。他人のためを想っての行動を否定される悲しさ、それは今まで自分が直樹にしてきた事と同じだと言う事。好意でアパートを貸してくれて面倒も見てくれていたというのに裏切ってしまった。

 観覧車の中でその話をして気持ちが分かったばかりだと言うのに。


「うん、俺は間違ってるんだ……」


 それでも止められない。どうしてもその人のために何かをしてあげたい。そんな気持ちが溢れるのだ。

 そこへ……


『丈二!いるのか⁈』


 外からメガホン越しで直樹の声が聞こえた。まさかこんな所まで来たと言うのか?


『電話するから出て話してくれ!』


 するとスマホに着信が入る。相手はもちろん直樹。


「はぁ……」


 今なら彼の気持ちが分かるため丈二は震えた手でスマホを広い電話に出た。


「もしもし……?」


『丈二!本当にお前が立て篭ってるのか⁈』


 出てくれた事に驚きながらもまだ真実を信じたくない直樹は問い詰める。

 そしてそんな電話をしている様子を人質が見ている所に麗奈がやって来る。


「これ、オレンジジュース好き?」


 先ほど注いだオレンジジュースを子供のために持って来る。母親は受け取り子供に渡すがどうしても麗奈の立場が気になった。


「貴女は何なんですか?最初人質にされてたみたいですけど……」


 どちらの味方か分からずに麗奈の事も怖いのだろう。


「私は……何なんでしょうね?何がしたくてこんな所にいるのか……」


 そう言いながら子供の持つジュースのコップにストローを刺して更に続ける。


「でも貴女たちを怖がらせるような事はしません」


 美味しそうにジュースを飲む子供の頭を撫でた。すると子供はいつの間にか泣き止み落ち着いて母親と共にいるようになったのだ。

 しかし丈二の電話をしている声が響いて子供はまた怖がってしまう。


「だから!麗奈を両親の所に帰す訳にはいかないんだよ!」


 まただ、また麗奈のために他人を怖がらせてしまっている。どうやら電話越しに直樹と言い合いをしているようだ。


『それも自分のためなんだろ⁈少しは現実と向き合えって言ったろ!』


「向き合ったよ、母さんに全部話した……」


『え、マジで……?』


 向き合ったという話を聞いて驚愕する。


『で、どうだった……?』


「ダメだったよ、余計に病んだ」


『そっか……』


 その話題になってから急に事情を察して静かになる。


「だから俺と同じ想いは麗奈にはさせたくないんだ、無理に向き合って余計に傷付かなくて良いんだよ……!」


 今こうしている理由を思い切りぶつける。すると直樹は少し気まずそうに黙った。


「どうした……?」


『いや、その麗奈ちゃんの両親なんだけどな……』


 その言葉を聞いて丈二は目を見開く。そして麗奈に伝えた。


「麗奈、外見てみろ!」


 そう言われて何事かと思い慌てて閉められたブラインドを開け外を見てみる麗奈。すると丈二の予想通りの反応を見せる。


「ウソ、何で……?」


 そこにいたのは警察に連れられた麗奈の両親だった。


「連れ戻しに来たんだ……!」


 何やら外では麗奈の両親と直樹が話している。電話の内容を伝えているのだろうか、だとしたら自分の目的なども全てバレてしまったのでは?

 慌ててブラインドを閉めて顔を隠す。いくら丈二の対応が怖くとも1番怖く感じるものは圧倒的に彼らだ。


「お兄さん、やっぱ怖い……」


 その"怖い"は何に対してだろうか。丈二自身が怖いとも言えれば両親が怖いとも言える。そして更に向き合うべき現実が怖いという事も分かるだろう。


「麗奈……」


 そんな震える彼女を丈二はどうすれば良いか分からないと言わんばかりにただ見つめる事しか出来なかった。



一方その頃外では麗奈の両親と直樹が話していた。どうやら今の丈二との電話の内容を伝えているらしい。しかし……


「わざと誘拐されてるだって?ウチの娘が?」


 麗奈の父は直樹から伝えられた真実を信じようとしなかった。母の方は何とか理解しようとしているのが伝わって来る。


「色々強要したのが悪かったのよ、あの子の自由を奪ってまで……」


「幸せになってもらうために躾けていた、自由になるのはちゃんとした地位に着いてからで良い。あんな怪しい男となんかよりも……」


 しかし父も父なりに娘の事を心配しているのだ。麗奈を想っての事なのである。

 するとふと直樹が何か言いかけるがやめた。


「言ってごらん?」


 優しく麗奈の父親は言うがどこか圧が強い。仕方なく直樹は話した。


「若い時の青春ってその時にしか出来ないんです、大人になってからじゃ得られない」


 今の麗奈の父の言葉について物申した。


「丈二はそんなの出来なかったから麗奈ちゃんに理想の自分を重ねてるんじゃないかなと思うんです」


 そう、だからこそ……


「だから辛い想いをして欲しくないんだ」


 他人を想う上で大切なのは自分の事のように思える事。丈二は麗奈を自分のように想う事が出来ているのだ。


 そして喫茶店の中の丈二と麗奈は……


「クソ、多分バレただろ……」


 恐らく麗奈の事情がバレてしまったと思い嘆く。人質に取られていると認識されている方が都合が良かった、無理やりにでも向き合わされてしまうから。


『麗奈!聞こえてるか⁈』


 案の定父親の声がメガホン越しに聞こえる。その声色は非常に威圧的だった。


『お前の企みは全て聞いた、馬鹿な事はやめて出てきなさい!』


 それを聞いた麗奈は当然の如く怒りを募らせていた。


「やっぱり道具だと思ってるんだ、私の事なんか何も考えてくれてない……!!」


 静かな怒りを沸々と見せている麗奈の後ろ姿はこれまで見た事がないほど恐ろしいオーラを放っていた。


「ねぇ、スマホ貸して」


 麗奈がスマホを置いて家出した事を知っていた丈二は不安そうにしながらも自分のスマホを渡した。受け取った麗奈は即座に電話を掛ける。


「もしもし⁈」


 怒りを明らかにしながら父親に電話をした。一体どんな反応が返って来るのだろうか。


『麗奈!全て聞いたぞ、早く出てきなさい』


「嫌だ!絶対家には戻らないから!」


『何て口の聞き方だ親に向かって!』


「親だからってだけで偉そうにしないで!」


 今まで我慢してきた分の怒りをぶつける麗奈。しかし父親はその想いに気付かない。


『あの男だな?あの男がお前をこんな悪い人間にした!』


 全てを丈二のせいにする父親。それには麗奈も更に怒りを表す。


「お兄さんを悪く言うのはやめて!あの人は本当の私を見てくれてる!」


『本当のお前だと?出会ったばかりのヤツに何が分かる、俺は親だぞ?』


「よく言えたもんだね!気に入らない私を都合よく作り変えようとした癖に!」


 両者一歩も譲らない。互いの想いをぶつけ続ける。


『大人しく親に従うのが幸せになる唯一の道だ。あんな負け組に着いていけばお前までそうなるぞ!』


 それはつまり丈二と居ると道を踏み外すという事。丈二は道を踏み外してしまった人間だという事。その発言に麗奈は更に溢れる怒りを抑える事が出来なかった。


「お兄さんは負け組じゃない!私の事もあの人の事も何も知らない癖につべこべ言わないで!!」


 怒りのあまりとうとう電話を切ってしまった。


「おい麗奈⁈……切れた」


 父親は外でスマホを持ちながら舌打ちをした。そんな彼を母親は心配そうに見つめている。


「貴方……」


 この時彼女は何を考えていたのだろうか。


「直樹さん、このままじゃ埒が開きません。特殊部隊の出動を要請しました」


 そこで警部が直樹に現状を知らせる。


「そんなっ、説得してみせますから……!」


「しかしもう要請してしまった、到着次第突入することになってます。説得するならそれまでに」


「くそっ……」


 彼も追い詰められている。何とか親友を救ってあげたいものだが。



そして喫茶店に立て篭っている麗奈は……


「お兄さん!絶対人質逃さないで!私帰りたくない!」


 父親と話して余計に帰りたくないという想いが爆発した麗奈。開き直り自分も犯罪に加担をしようとする。


「おいそんなこと言うな!お前まで犯罪者になって最悪捕まっちまうぞ!」


 丈二のこの行動はあくまで麗奈を被害者として逃すためにある。このままでは彼女まで捕まってしまう恐れが。

 するとここで外からまたメガホン越しに声が聞こえる。


『丈二!もうすぐ特殊部隊が来る!大変な事になる前に出てこい!それからでも話は出来るだろ……!!』


 必死さが窺える直樹の声。その声を聞いた丈二は罪悪感に震えた。直樹は必死に自分に歩み寄り想ってくれている。それを理解したというのに応えられない現状がもどかしい。


「あぁクッソ……!」


 様々な感情が同時に襲い掛かりストレスでおかしくなりそうだ。頭を掻きむしりながら貧乏揺すりを猛スピードで行う。その間も銃口を向けるのだけはやめなかった。しかしそんな銃口を向けられた店員は丈二の様子を察する。


「お願いします、もうやめましょうこんな事。余計に罪を重ねてどうするんですか……?」


 彼らのやり取りを聞いて何となくだが事情を察したのだ。決して悪い人ではない、現実から逃げたいだけなのだと。


「アンタに何が分かるんだ⁈何度も言わせるなよ……」


 しかし店員の丈二を見る目は哀れみや同情に溢れていた。その瞳を見て少し話を聞いてみたくなる。


「あなた方が恵まれないのは分かりました、そこは同情しますよ。でも帰らせて下さい、私には愛する人がいるんです」


「だから!俺らにはそんなのいないって……!!」


 そこまで言った時点で丈二はこの店員が何を言いたいのか察した。そして店員は予想通りの事を口にする。


「彼女は違うんですか?」


 麗奈の方に目をやって呟く。丈二は一瞬考える素振りを見せた。その間に店員は更に言う。


「貴方と彼女はお互いを認め合い愛し合ってるように見えますよ」


 しかし丈二は麗奈を女性として見ているつもりはない。


「違う、そんな気持ちは……」


「恋愛感情だけが愛ではありませんよ。私は娘に恋愛感情はありませんがしっかり愛しています」


 そう、この店員も彼なりに人生を歩んでおり愛について学んでいるのだ。


「私は娘といる時に幸せを感じます。貴方は彼女といる時どうです?」


 そう言われて麗奈と過ごした時間を思い返してみる。無理やり逃亡に付き合って来て、ワガママ言って振り回されて、でもそれら全てが嫌ではなかった。寧ろ今までに感じた事のない充実感が得られていたのだ。


「麗奈は……」


 思わず人質を酷い形相で監視している麗奈を見つめてしまう。違う、麗奈にして欲しいのはそんな顔じゃない。


「静かにしてって!言ったでしょ……⁈」


 その麗奈は先ほどまで優しくしていた子供に強く当たっている。もう自分が抑えられないのだ。

 そんな彼女を見てその子供の母親は懇願した。


「お願いします、どうかこの子だけでも助けてください」


 力強くも冷静に。彼女は子供という愛する者を守るために強い意志を得た。


「っ……!!」


 その力強い"親"というものの意志に思わず言葉を失ってしまう。自分は親からこのような愛は感じられなかった。そんな彼女がこの瞬間に感じたものは。


「私だってそんな風に愛されたかった、認められたかった……!」


 そんな麗奈を丈二は憐むような、しかしとても温かい目で見つめていた。その瞳に宿る感情はまさしく……


「そうだ、俺は麗奈を……」


 恋愛感情とは違う、しかし確かにそこには愛があった。

 するとそのタイミングでスマホに電話が掛かって来る。着信画面を見ると"母親"の名前が書いてあった。


「母さん……」


 ゆっくりと電話に出る、もう迷う事はなかった。その電話越しの声は優しく震えていた。


『丈二ごめんねぇ?あんな言い方して……』


 どうやら反省し涙を流しているようだ。今は情緒が落ち着いているのが窺える。しかしいつまた癇癪を起こすかは分からない。


「もういいんだ、こっちこそ期待通りの息子になれなくてごめん……」


『ううん、私が悪かったの。天使は自分の想い通りにするものじゃないのにね』


 天使。先ほども言っていた言葉だ。


『私の天使は貴方だったんだねぇ、あの子と一緒にいるのを見て幸せに感じたよ』


 麗奈と一緒にいた丈二を見てそう感じてくれたのか。


「うん、やっと分かったよ。俺の天使だ」


 麗奈の方を見ながら愛してくれた母親に告げる。そして静かに電話を切った。覚悟を決めたのだ。


「……分かってくれました?」


 店員が静かに囁く。


「ありがとうございます、やっと分かりました」


 理解させてくれた店員に感謝を述べる。向けていた銃口を下ろした。


「愛してるなら、認めてるなら自分の思い通りにすべきじゃないんだ。ちゃんと天使自身の事を考えてやらないと」


 母親が丈二に理想を抱いたように、父親が麗奈に理想を抱いたようにすべきではない。しっかりその人自身の事を考えて初めて"僕の天使"と呼ぶ事が出来るのだ。

 ならば丈二が麗奈にすべき事。それは……


「麗奈。もういいよ、ありがとう」


 彼女を自分のもとから旅立たせる事だ。愛する者を自身から巣立ちさせる事でようやく天使との関係は完成される。

 だから丈二はたった今母親から巣立った。今度は麗奈が丈二から巣立つ番だ。


「どういう事……?」


 まだ麗奈はそれを理解していないらしい。なので丈二の理解した事を伝える。


「お前は俺を認めてくれてるのか……?」


 その震えた声に麗奈は応える。


「もちろんだよ、急にどうしたの……?」


 不安そうに尋ねて来るが丈二は何とかその不安を晴らそうと笑顔で言った。


「自首するんだ、お前ならすぐに釈放される。そしたら家を出て就職しろ、自分で稼いだ金で好きに生きるんだ」


 丈二はとても優しい目と声をしていた。


「俺も釈放されたらそうやって誠実に生きるよ。たまに会いに行くからさ、お前もしっかりやっててくれよ?」


 そう考えると胸がワクワクして止まらない。いつか来る未来を想像して夢を抱く。


「俺たちの人生、よくやく始まるぞ」


 しっかりやるべき事をやり誠実に好きに生きるのだ。それこそが人生。親が子に求める幸せなのである。


「お兄さん……」


 そう言われた麗奈は人質にしていた親子の方を見る。すると母親が子供を守るように抱きかかえていた。それを見て心が動かされる。


「……うん、行こう」


 まだ少し勇気が足りないのだろう。しかし覚悟はしているようだ。人質たちの所を離れ丈二の隣に立つ。


「いい子だ」


 涙目になる麗奈の頭を優しく撫でて抱き寄せる。


「ご迷惑をお掛けしました、外へ出て下さい」


 人質たちを解放していく。全員が外へ出る前に子供が麗奈の所へ。


「お姉さん、ジュースありがとう」


 そう言って子供は母親に手を引かれ喫茶店を後にした。

 その様子に外では……



「警部、人質がぞろぞろ出てきます!」


「諦めたか?」


「どうしましょう?特殊部隊が到着した所ですよ?」


 警察たちは人質の所に集まり保護をしている。そんな中で特殊部隊たちが突入の準備をしていた。


「もう少し様子を窺え、念のためスナイパーも待機」


「了解です」


 無線で向かいの建物の上に待機するスナイパーに連絡。そのスナイパーはライフルで喫茶店の入り口付近を狙っていた。


「む」


 そして警部がある光景を見る。喫茶店の入り口に丈二と麗奈がお互いを支え合いながら出て来たのだ。


「まだ待機だ、ヤツは銃を持っている」


 モデルガンという情報がないため迂闊に動けない。発砲してくる可能性を考慮し様子を窺う事にした。


「麗奈」


 そんな中で外に出てきた丈二は麗奈に語りかける。


「ひとまずお別れだ、最後に1つだけワガママ聞いてくれるか?」


「1つだけでいいの?」


「あぁ、お前みたいに図々しくないんでな」


 観覧車で頼み事を聞かれた時の事を思い出しながら言う。


「時々で良い、俺の好きだった音楽を聴いて俺を思い出してくれ。いつか会いに行くからその時まで続けてほしいんだ」


 最後のワガママを告げて丈二は音楽を聴かせるためにスマホを取り出そうとポケットに手を入れた。


『ポケットに手を入れたぞ!』


『銃を出すつもりか?』


 しかし警察はそれを誤解する。スナイパーが射撃体勢に入った。


「もちろん。その代わり絶対会いに来てね」


 そんな事も知らずに2人は2人の空間の中にいる。


「あぁ、約束だ」


 そしてポケットからスマホを取り出した、その瞬間。


『銃を出すぞ!!』


 スナイパーの所へ無線指示が来て……


 バンッ!!!

 重たい鉛の音が響いた。



「え……」


 麗奈は目の前の光景に絶句している。丈二が何故か肩から出血しているのだ。そしてそのまま倒れてしまう。手には麗奈に渡すためのスマホが握られていた。


「あっ……はぁっ……」


 ドクドクと血を流して倒れる丈二。思わず麗奈は駆け寄った。


「お兄さんっ!!」


 急いで駆け寄る麗奈だったがすぐに警察が駆け寄り確保される。丈二は必死にスマホを渡そうとしているが阻まれてしまう。


「離してっ!」


 丈二が死んでしまう。絶望する麗奈だったがそこに現れたのは……


「大丈夫、急所は外れてるよ」


 直樹と共にいた警部の男だった。


「スナイパーもプロだ、狙いは正確だな」


 なんと死なない所をしっかり狙って撃ったというのだ。そこへ人質用に予め用意されていた救急車から降りてきた救急隊員がやって来て丈二を担架に乗せる。


「お兄さん大丈夫なの⁈ねぇ⁈」


「安心しな嬢ちゃん、きっと元気になってまた会えるさ」


 そして担架に乗せられた丈二と麗奈は改めて向き合う。その隙に丈二は麗奈にスマホを渡した。


「お前スマホ持ってないから送れなくてな、ここから直接プレイリスト見てくれ」


「うんっ、大事にする。絶対返すから元気になってよね!」


「お前もしっかり大人になるんだぞ」


 その言葉を最後に丈二は救急車に乗せられる。


「嬢ちゃん、俺たちも行こうか」


 そして警部に連れられ麗奈は彼らのパトカーに連行される。パトカーに乗ったタイミングで窓から両親が覗いてきた。


「…………」


 お互い無言で見つめ合いながらしばらくして麗奈が口を開いた。


「私、出たら自立するから。もう家の助けはいらない、貴方の思うようにもならない」


 そう言い残したタイミングでパトカーは発車される。走り去る娘の背中をガラス越しに見つめながら父親は呆然としていた。

 そこへ母親が声をかける。


「知らないうちに大人になってたのね」


 その一言だけで父親は全てを理解した。母親の想い、そして麗奈の想いまで。



 一方丈二の乗せられた救急車に同伴として直樹が乗ってきた。


「よう」


「おう」


 軽い挨拶を交わした後、救急車は発車される。その中で2人は語り合った。


「いい子だったろ?」


「あぁ、少ししか見てないけど分かる」


 話題は麗奈の事だ。お互い彼女の魅力に気付いている。


「あの子が俺を変えてくれたんだ」


「そしてお前もあの子を変えた」


「お互い様だな」


 そして笑いながら冗談を言い合う。


「でも家賃と車と治療費までかかっちまった、そこら辺よろしく頼むぜ」


「今それ言うのかよ」


お金の話をされて少し気が滅入るが。


「任せろ」


 丈二はしっかり働いて返す事を誓うのだった。



 そして麗奈の乗るパトカーでは俯いた彼女に警部が声を掛けた。


「そのスマホ何なんだ?」


 撃たれながらも丈二が必死に渡そうとしたものだ、当然気になるだろう。


「お兄さんを思い出せるように、好きな音楽」


 少し元気がない声で答える。すると警部が気を効かせる発言をした。


「んー、何か寂しいし音楽でもかけるか」


 そう言って運転しながら麗奈の方に手を出す。その意味を理解した麗奈は丈二の言っていたプレイリストを開いた状態で警部にスマホを渡した。


「このプレイリストだな?それ」


 車のスピーカーにスマホを繋げてそのプレイリストを再生する。そして流れた曲は。


「お、懐かしいな〜」


 その静かなイントロを聴いて思い出す。これは丈二が初めて聴かせてくれたUFOの" Doctor Doctor"だ。


「……ふふっ」


 丈二の顔が思い浮かび思わず笑みが溢れる。


「言った通りだ」


 そして曲調が激しくなると同時に彼女も笑顔になり思い切りパトカーの中で歌い出した。






『 Doctor! Doctor!』







Doctor Doctor,please

(ドクター、ドクターお願いだ)

Oh,the mess I'm in

(あぁ、俺は混乱している)


She walked up to me

(彼女は俺に近づいて)

and really stole my heart

(そしてハートを盗んだんだ)


And then she started

(それから彼女は始めた)

to take my body apart

(俺の身体をバラバラにすることを)


Livin', Lovin', I'm on the run

(生きるため、愛するため、俺は逃げる)

Far away from you

(お前から遠く離れて)






My Angel




THE END





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