どこか寂しい遊園地にて

翌日の朝。私と十愛は、遊園地のゲート前に居た。

私たちの手の中には、十愛がどこからか出してきた「遊園地無料ご招待券」が握られている。こんなもの何処で手に入れたのかと聞けば「十愛は天使なので!」と時折彼女の口から発せられる謎の天使理論が返ってきた。

彼女が天使であることと、遊園地の無料券が手に入れられることに何の因果関係があるのかは全くもって分からないが、別に深追いするようなことでもないだろう。そう判断した私は、そんな十愛の言葉に適当に相槌を打って、何やら楽しそうにゲートを潜る少女の背中を追いかけた。

私たちが今日やってきたのは、某夢の国のような有名なテーマパークなどではなく、ちょっと廃れ気味の地方の遊園地だ。故に、ゲートを潜ればそこには別世界が—なんてことは当然なく、目の前にはどこか寂しい空気が漂う光景が広がっていた。

塗装が剥げかけたアトラクションや屋台。少し耳障りな音を混ぜつつ、軽快な音楽を垂れ流す、園内スピーカー。お盆休み真っ只中のはずなのに、閑散とした園内。

その全てが、哀愁を漂わせている。

「今更なんですけれど、ここでよかったんですか?」

そんな十愛の声に、私ははっと我に返った。いけない。寂しい雰囲気に呑まれて、うっかりぼんやりとしていたらしい。

「ええ、大丈夫よ。私が昔行きたいってゴネたのも、きっとこの程度のショボい遊園地だし」

「ショボいって……」

私のド直球な物言いに、十愛は珍しく苦笑した。しかし、次の瞬間にはいつもと同じような明るい笑顔を浮かべて、私の手をぎゅっと握る。

「でも、問題ないならよかったです!」

行きましょうか、と言葉を続けた十愛は、私の手を握ったまま、園内へと駆けていく。

私は彼女に引っ張られるような形で、ついていくことしかできなかった。


「うう……気持ち悪い……」

「ご、ごめんなさい……大丈夫ですか?」

数時間後。十愛に連れ回されるような形で園内のアトラクションにひたすら乗せられた私は、見事に乗り物酔いしたらしく、園内のベンチで項垂れていた。

隣では十愛が、申し訳なさそうな表情を浮かべて、背中を摩っている。良ければ、とおずおずといった様子で差し出された水を、私は有り難く頂戴して、一気に飲み干した。

「はあ……」

「だ、大丈夫ですか?」

「これが大丈夫に見えるわけ……?」

「で、ですよね……すみません。十愛が振り回しちゃったから……」

「全くよ」

隣に座る十愛は、しゅんとしてしまっている。自分のせいで私がこうなってしまっている現状には、流石に罪悪感を覚えるらしい。今まで見てきた彼女は、明るくて天真爛漫な姿ばかりだったから、なんだか新鮮な心地がした。

しかし、いつまでもしゅんとさせているのも、逆にこちらが申し訳なくなるというものだ。私はひとつ息を吐き出すと、十愛に向かって言った。

「……でもまあ、私が自分の限界を見誤ったのも悪かったわね」

「え?」

「こういうとこ来るの初めてだから、私も分からなかったのよ。ジェットコースターとか、ああいう絶叫系?みたいな乗り物が駄目ってこと」

「でもそれなら、最初に乗った時に無理かも、って言ってくれたら……」

その言葉に、今度は私が苦笑する番だった。そう。最初にそう言えばよかったのだ。

だけど、その言葉を飲み込んだのは。

「私を楽しそうに連れ回すアンタの姿見てたら、水差すのも悪いような気がしちゃってね……言いそびれちゃったのよ。だから、その……悪かったわね。ここまで体調悪くするまで黙ってて」

「來海さん……」

そう言うと、十愛は下を向いて黙りこくってしまった。もしかして、気を悪くしてしまったのだろうか。

そう心配したのも一瞬のことで、次に顔を上げた時には、十愛はいつもと同じような、眩い笑顔を浮かべて、言った。

「じゃあ、落ち着いたら次は、あんまり激しくないアトラクションに乗りましょうか」

「……ええ、そうね。また案内してくれる?」

「もちろんです!」

十愛は満面の笑顔で、そう、言ってくれた。


「なんだか、あっという間に一日が終わっちゃいましたね」

「……本当ね」

日が傾いてきた夕方。私たちは二人、観覧車のゴンドラの中にいた。

遊園地の最後と言えばこれです!と、十愛が自信満々に言い放ったからだ。

そう広くないゴンドラの中、私と十愛は、向かい合って座っていた。

「今日、楽しかったですか?」

ゴンドラが頂点に差し掛かる頃、不意に十愛が口を開いた。

その問いに、私は暫し考え込む。絶叫系のアトラクションにひたすら乗せられた時は、生きた心地がしなかったが、それでも。

「そうね。結構、楽しかったかも」

そう答えれば、十愛は柔らかな笑みを浮かべた。その微笑みを、柔らかな夕日が照らしている様は、ひどく美しい光景だ。

まるで本当に、目の前で天使が微笑んでいるような、そんな幻想的な美しさが、そこにはあった。

「もう、心残りも、なくなりましたか?」

私は、こくりと小さく頷いた。それを聞いた十愛は不意に、私の頬に手を添えてる。

「それなら十愛も、約束を果たさないと、ですね」

頬に添えられていた細い指が、今度は私の首にそっと触れる。まるで、私の首を絞めようとするかのように、その細い指にほんの少し、力が籠ったのを感じた。

「……ええ。ちゃんと、私のこと、殺してね」

「もちろん。……だって十愛は、天使ですから」

その声が。私の首に触れている細い指が。ほんの少し震えているような気がするのは、気のせいなのだろうか。

きっと気のせいだろう。そんなことを考えながら、私はふと、外の景色に目を向ける。

知らない土地の知らない景色になんて、なんの感慨も湧かないけれど。だけど酷く、綺麗なものだとは思った。




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