Interval-②
俺には、愛してやまないひとがいる。
そのひとの正体は、職場の先輩だ。名前を十束來海さんと言うそのひとのことを、俺はどうしようもなく愛している。
黒々とした美しいセミロングの髪を靡かせ、凛々しい目つきをしたそのひとは、どこかとっつきにくい空気を醸し出しているからか、休憩時間も一人でいることが多い。俺は別にとっつきにくいなんて思ったことはないが、馴れ馴れしく話しかけるのもなんだか烏滸がましい気がして、いつもその人のことを、少し離れた場所から眺めていた。
先輩と、親密になりたいわけではない。だから、後輩として、時々業務内容の話をする程度のことしか、俺はしたことがない。否、したことがなかった。
だってそれだけで、俺は幸せだったのだから。
そう、幸せだった。そのはずなのに。
それだけでは気持ちが収まらなくなってしまったのは、一体、いつからだったのだろうか。
先輩への敬愛の感情は、いつしかぐちゃぐちゃと悍ましい執着に姿を変えて、俺の中で燻るようになっていった。
もっと先輩のことが知りたい。先輩の全てを知りたい。
先輩の、ぜんぶが欲しい。
俺が、先輩を執拗に追い回すようになるまで、時間は掛からなかった。
まず、先輩の自宅を突き詰めた。先輩が住んでいるのは、セキュリティ対策が甘めな、少し古めのアパートらしい。退社時間が被れば、俺は毎回、先輩が帰宅する姿を目に収めるべく、こっそりと彼女の後を追いかけた。
欲求は日に日にエスカレートしていった。
先輩の部屋に入りたくて、部屋の合鍵を作った。休日たまたま見かけた先輩の後ろ姿を盗撮した。先輩が今どこにいるのかを把握したくて、先輩の荷物にこっそりGPSを仕込んだりもした。
まるで狂ってしまったみたいに、俺は先輩に関する情報を必死で収集していた。
そんな矢先のことだった。
先輩が、無断欠席をしたのは。
先輩は真面目なひとだ。サボりなんてするようなひとじゃない。
もしかしたら、何か事件に巻き込まれたのかもしれない、と、俺はパニックになりながらも、先輩が今どこにいるのかを探るべく、先輩の荷物に忍ばせていたGPSの位置情報を確認した。
そして、驚いた。なんと先輩は、都心からいくばくか離れた場所にある、遊園地に居たのだ。
なんでそんなところに居るんだろう、という疑問はあったが、ひとまず先輩は生きているらしいことが分かって、俺は安堵の溜息を吐き出した。
先輩は大丈夫だ。真面目なひとだとは思っていたけれど、だけどそんなひとだって、たまには息抜きでそういうことをしたくなる時だってあるだろう。
だから、大丈夫。きっと明日にはまた、あの痺れるような無表情を引っ提げて、出社してくるに違いない。
そう、信じていた。だけどそうじゃないかもしれないと思ったのは、退社後、偶然開いたSNSの投稿を見た時のことだった。
「探しています」
そんな言葉と共に数枚の写真が添付された、SNS投稿に対するコメントの中に、俺のよく見知った先輩の後ろ姿があったのだ。
その投稿主が探しているのは、綺麗な銀髪を持つ美少女らしい。その少女を、やはりここからは遠く離れている駅で見かけた旨を、ご丁寧に写真付きでコメントしている人がいて、そしてその添付された写真の中には、見慣れた美しい黒髪の女性の後ろ姿が映り込んでいた。
その女性は、間違いなく先輩だ。この俺が、先輩の姿を見間違えるはずなんてないのだから。
どうして先輩が、こんな美少女と一緒にいるのかは分からない。だけど直感が、俺に告げている。
この少女を先輩から引き剥がさない限り、先輩が、俺の元に帰ってくることはない、と。
その事実に気づいてからの、俺の行動は早かった。慌てて再度、GPSの位置情報を探る。当たり前だが先輩たちは場所を移動しているようで、今はどうやら、ホテルの一室にいるようだった。
それを確認するや否や、俺はそのSNSの投稿にコメントをするべく、再度SNSを開く。
写真に映り込んだ、おそらく投稿主の探している少女と一緒に行動しているらしい女性の居場所に心当たりがある、と。
おそらくこのホテルの一室にいる旨まで一気に打ち込んでから、コメントする、のボタンを勢いよくタップした。
そこまでして、俺はようやく一息ついた。
これでいい。投稿主は探しびとと再会できるし、俺は再び、先輩のいる日常を、取り戻すことができる。
これでいい。きっと、これでいいのだ。
俺はそっと、スマホで口元を隠すようにしてほくそ笑んだ。
早く先輩に会いたい。いつもの先輩の仏頂面を想像しながら、俺は帰路についたのだった
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