小話 アリス・ウォード 1

 私はアリス・ウォード。ロズイドルフ領を治める侯爵の爵位を与えられたウォード家の娘。生まれた時から環境に恵まれているのは分っている。


 大きな屋敷、豪華な衣装、飢えに困らない暮らし、優しい両親にお兄様、メイドのエリナーたちに囲まれている私は幸せ者だ。そう、そのはずだ。


 けれど、私は魔力持ちウェネーフィカでありながら魔力を扱えなかった。ウォード家はロズイドルフ領を治めるだけあって優秀な魔力持ちだ。


 領民を守るためにその力を振るう。お兄様は王宮で仕事を任されるくらい優秀で、私はそんなお兄様が誇りだった。


 誇りであるはずなのに、周りから聞こえてくる声は魔力を扱えない私と、優秀なお兄様を比較する声。


「アリス様はまだ魔力が扱えないのか」


「可哀想に……。アラン様と比べてなにも出来ないなんて」


 可哀想、可哀想、かわいそう……。哀れみの声が次第に大きくなって私はその声を聞きながら顔に笑みを貼り付ける。そんなことは私が一番分かってる。


 だから、学園に入学して魔力の扱いを学んだ。理解はしていても、自分の魔力の効果が不明で、誰も教えてはくれなかった。


 いつしか、みんな私を腫物を扱うように接していった。


 私も次第に表情から笑みが消えた。心配そうなエリナーやお兄様が声をかけてくれていたけれど、何も響かなかった。


 だって私には魔力を扱う才能がない。だから魔力を抑えるようになった。魔力を無理やり抑えた者の末路がどうなるかは知っていた。


 怖い、こわい……。死にたくない。でも、自分ではどうしたらいいのか分からなくて、泣きたくても泣けない私は虚ろな目で校内を歩いていた。


 その日は一段と雨が降りそうな灰色の空で、私の心を現わしているようだとぼんやりとした頭で見上げた。


 教室にもどろう、と一歩踏み出したところで私の身体がぐらついた。踏ん張ろうとして、ぜんぜん足に力が入らず私はこのまま倒れるんだ、ああ、死ぬのかな。


 魔力暴走を起こしたら誰かに迷惑をかけてしまうんだろうか、それは嫌だな。と薄れゆく意識の中で思った。


「っと」


 温かな腕に抱きとめられて見上げると、オリーブブラウン色の髪、ワインレッドのフレーム眼鏡の奥に見えるアイスブルー色の瞳を持つ女性が私を見下ろしていた。


 離れないと。魔力暴走が起きる前にこの人から離れなければ、と私は力の入らない腕で相手を押した。けれど、まったく動かなくて。


 それどころかその人は私を見るなり目を見開いた。アイスブルー色の瞳がいつのまにか琥珀色へと変わっている。


「は、離してください。自分で歩けます。それに貴女は」


普通の人間アンスロポスって言いたいの? その通りだけど、魔力暴走を起こしかけているあなたを助けられるのは私だけだと思うんだけど。放置したらどうなるか知らないわけではないでしょ」


 私は黙って俯いた。魔力暴走を起こしかけれていることを見抜かれていることに驚いたけれど、それ以上に魔力暴走を起こしたらどうなるか想像して身体が震えた。


 本当は死にたくない。廃人にだってなりたくない。目の前の女性は私を助けられると言う。その言葉が私の不安を少しだけ和らげてくれた。


 だからだろうか、お兄様たちにも吐き出せなかった弱音を吐いた。


「どうして私は魔力なんか持って生まれたんだろう」


 泣くことなんてなかったのに、この人の前だからか、一度せきを切った涙は止めることを知らず、私は手で目元を覆った。


「大丈夫。貴女は廃人にもならないし、死なないから安心して。私はカレナ。カレナ・ブラックウェル。もうすぐで私の研究室に着くから」


 彼女の、カレナとの最初の出会い。カレナのおかげで私は救われた。


 研究室に着くなりすぐにサリーと共に治療を開始して私の魔力から吸い上げた魔石を見つめるカレナを私は見つめていた。

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