第47話 帰宅後早々ため息をつかれる

 ウォード家に戻った私たちを出迎えてくれたのはアリスとエリナーたちだった。アリスは馬車から降りた私に向かって走ってきてそのまま抱きついてきた。


 勢い任せに抱きついてくるアリスを受け止めれば、アリスが顔を上げて愛らしく笑みを浮かべる。


「カレナ、おかえりなさい! もう、なかなか帰ってこないからそのまま王宮に残るんじゃないかって思ったじゃない!」


 頬を膨らませたアリスは不安だったのか、眉を下げて少しだけ泣きそうに瞳を揺らしている。私はアリスの頭に手を乗せて優しく撫でながら首を左右に振った。


「王宮になんて残るわけないじゃない。ここが私の家でしょ?」


 アリスがキョトンとヘーゼル色の瞳をしばたたかせた後、花が咲いたように笑顔を向けた。


「お兄様、良かったですね!」


 私の後ろにいたアランにアリスが嬉しそうに声をかける。私が振り向くとアランは顔を背けながら咳払いをしているところだった。


 もう一度アリスに視線を戻すと、私に抱きついたまま嬉しそうに笑みを浮かべている。


 遅れてサリーの乗った馬車が到着してアリスがサリーの方へ向かうのを見ていた私にエリナーが声をかけてきた。


「お戻りになられて何よりです。その、アリス様ずっとお二人のことを気にされておりましたので。ここだけの話、心配で夜もあまり眠れていなかったくらいです」


「そうなの!?」


「……ずいぶんとアリスに気に入られているんだな」


 会話を聞いていたアランが少し拗ねたような声音で呟いた。ああ、妹が自分ではなくて私たちに懐いているのが不満なのか。


 アランってば妹思いなんだ。悪いことしちゃったかな。


「すみません、アラン様。アリスとの仲を邪魔してしまったみたいで。私は工ぼ……じゃなかった。部屋で休みますのであとはアリスと兄妹仲良く過ごしてください」


「待て。なにを勘違いしている?」


「え? アラン様が拗ねているのはアリスが自分ではなくて私やサリーと親しくしているからでしょう?」


 アランは開いた口が塞がらず、大きなため息をつきながら片手で額を押さえ、エリナーはため息こそつかなかったけれど、呆れたような視線をこちらに向けてきた。


 え? 何でよ。二人ともなんでそんな反応するの?


「どうしたの? お兄様もエリナーもなんだか疲れた顔をしているわ」


「あぁ……。何となく察したわ。カレナ、あんたまた何か言ったでしょ」


「別に変なことは言ってないよ!? なんでサリーまでそんな呆れたような目で私を見るの?」


 サリーまでため息をついて困惑する私と事情が分からないアリスは顔を見合わせて首を傾けた。


 屋敷に入って自室で着替えを済ませた私はこっそりと部屋を出た。


 プリーツスカート、黒いリボン付きの白のブラウス、ボタンが三つある赤か白色のベスト、ベストと同じ色のショート丈のマント。ワンピースやドレスなんかより制服の方が動きやすくていいという理由で私は制服を着ている。


 部屋を出た私の手には先日入手したカヤ様の魔石。洗朱あらしゅ色の魔石を今すぐにでも工房で調べたくてうずうずしていた私は足音を忍ばせながら工房に向かう。


 ここでアランに見つかれば呆れたような顔をされるだろう。


「くぅん」


 足もとで鳴き声が聞こえて視線を落とすと、師匠から預かったヘイエイがついてきていた。


「ちょ、ヘイエイ!? 部屋で大人しくしてて!」


 小声で言ってみるけれど、ヘイエイは耳をピンと立てたまま「ついていきます!」と言わんばかりにきりっとした表情を見せてきた。


 あ、ダメだ。この子ついてくる気だ。仕方ない。工房まで連れていこう。決意した私がヘイエイを連れて工房まで行こうと一歩踏み出したところでアランが階段を上ってきた。


 私たちの部屋は二階。工房は一階。必然的に階段を使わなければ工房に行けないため、自室に向かうアランと鉢合わせになるのは仕方ない。


「あ」


「……」


 固まった私に工房に行こうとしていたのだと察したアランの呆れたような視線が痛いほど刺さった。


「フゥー!」


 怯えたのだと勘違いしたのだろうか、ヘイエイが私を護るように私の前に出てアランを威嚇いかくする。


 ヘイエイを見下ろすアランは「おまえもなのか」と小さくこぼして額を押さえている。


「あの、アラン様。頭でも痛いのですか?」


「いやそうではない」


「そうですか。今日何度か頭を押さえていたので、疲れが出てるのかと」


「俺の周りには敵が多すぎると思っていただけだから気にするな」


「敵、ですか? 魔石絡みの戦闘なら任せてください! お役に立てますよ!」


「違う。そういうことじゃない」


 アランには敵が多いなんて侯爵家は大変なんだな。貴族ってやっぱりいろいろと敵も多いんだろうな。


 頭痛を癒すもの……。私はスカートのポケットを探してそういえば、アリスの魔石を騎士団に預けたままだったことを思い出した。


「あー! アリスの魔石を返してもらってない!」


 突然大声を上げた私にアランとヘイエイが驚いて目を丸くする。二人の反応を気にしている場合ではない。


 私の大事な魔石、しかもアリスの魔石の返却を求めなくては!


「アラン様!」


 勢いよくアランに詰め寄った私にアランがたじろぐ。


「カレナ?」


「騎士団の方に魔石を預けたままだったことを思い出しました。明日にでも騎士団と話をさせていただきたいので、ご協力お願いします!」


「……はぁ」


 アランはなんでそこで今日一大きなため息をつくのよ! ヘイエイもそっと息をついてどうしたのよ!? 


 私にとっては魔石が大事なんだから返してもらいたいと思うのは当然でしょう!

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