第46話 ウォード家に帰ろう

「ネヴィル公それは」


 ネヴィル公の言葉に驚くアランの隣で私は首を傾けた。どういうこと?


「つまり、ネヴィル公があんたたちの婚約を認めるだけじゃなくて後ろ盾になることで他の貴族たちから守ってくれると宣言したんだよ」


 師匠が代わりに解説してくれた。


「え!?」


 今度は私も驚いた。あの嫌味じじい、じゃなくてネヴィル公が!? 


 どういう風の吹きまわしなんだろう。


「そりゃあ身内を二度も救われたら恩を感じるだろう。良かったなカレナ、アラン様」


 ニヤニヤしながら師匠がアランの脇腹を肘で突いた。


 やめろ! なんか恥ずかしくなってきた。


 まんざらでもないって顔してないでアランも何か言いかえして!


「ネヴィル公、感謝申し上げます」


 頭を下げたアランにつられて私も頭を下げた。


「ああ。何か困ったことがあればいつでも頼るといい」


 そう言って初めてネヴィル公は表情を和らげた。


 王宮の客間に一晩泊めてもらって私たちは翌日帰ることになった。


 夕食と入浴を済ませた私の元に師匠が訪れた。


「どうしたんですか師匠」


「ん? 一つ聞いておきたいことがあってな。カレナ、お前王宮の研究員として働く気はないか? もちろん、アラン様との婚約は継続したまま」


 この問いは以前アランにもされたな。


 あの時はだって王宮って不便だしフィールドワークするには遠いし、都度外出申請しないといけないとかで面倒くさいから嫌だって答えたっけ。


 なのに今はアランの婚約者としてウォード家にいたいと思う自分がいる。


 アランは王宮で仕事をするのだから王宮付きの研究員として所属すれば会えるのではと思ったけれど、仕事で疲れたアランが息抜きに来るところは必要だ。


 それが私のいるところ、と思うと恥ずかしいしこそばゆいけど、不思議と悪くない。


 だから私の答えは決まっている。


「誘いはありがたいけど私はウォード家に帰るよ。研究ならウォード家で出来るし」


「ふっ、ははは。そうかそうか。アラン様たちと過ごすうちにお前もずいぶんと変わったんだなぁ。少し寂しい気もするがいい傾向だ」


 笑い出した師匠は満足そうだ。


「そういうわけだ。アラン様。これからも娘を頼む」


「は?」


 師匠が開きっぱなしになっていた扉に向かって声をかけるとアランが顔を出した。もしかして今の会話すべて聞かれていた? 私は口を何度も開閉させた。


「いや、あの。今のは」


「さっきの言葉は君の今の想いということでいいのか?」


 期待を込めているような目で私を見るアランに今の無しで! なんて言えない。


 師匠のニヤケ顔は腹立つけど。私は肯定するように頷いた。


 アランが安心したように表情を緩めた瞬間、私の心臓はうるさいくらい早鐘を打った。


 ダメだ。


 初対面では無表情で冷酷な人だって思っていたのに。全然違う。


 印象も、彼に対する思いもすべて好きという感情に上書きされた。


 私が返すべき言葉は一つだ。


「はい。これからもよろしくお願いしますね。旦那様……なんて」


 自分で言って恥ずかしくなった。誤魔化そうとしたら私以上にダメージを負ったアランが耳まで真っ赤にして顔を背けていた。




 翌朝私たちは馬車でウォード家に向かうために城門前にいた。


 見送りは師匠とネヴィル公、テイオ様とサリー。


「たまにはこっちに顔出しな。歓迎するよ。それとこれ」


 師匠が渡したのは魔獣から得た魔石と子ぎつねのようになったヘイエイだった。


 かごの中眠っている。


「その子はお前が世話をしな」


「え、あ、うん」


 突然すぎて困惑する私のスカートの裾をテイオ様が引いた。


「カレナ様、またね」


 テイオ様から別れの言葉を聞いて最後はサリーの番。


 なぜか視線を合わせてくれない。


「……元気でね」


 ぽつりと零したサリーに私は詰め寄った。


「何言ってるの? サリーもウォード家に帰るんだよ。アリスだって待ってるし」


「あんたこそ何言ってんのよ。私の所属はここよ!?」


「今までだって研究出来てたんだし関係ないでしょ。ねえ、師匠」


「あははっ! ほらな、カレナ相手だと通じないって言っただろう? その子は諦めんぞ。なんたって私の娘だからな」


 なんで師匠が得意げなんだ。否定できないのが悔しい。


 まだサリーとは別れたくないし一緒に帰るのは諦めない。


 ジッと見つめているとサリーが降参したように溜息をついた。


「賭けは私の勝ちだな。サリー。もう少し娘のサポートを頼む。馬車も用意済みだ。ほら、身支度は済んでるんだから早く行きな」


 二人は私がサリーを誘うか賭けをしていたらしい。賭けは師匠の勝ち。という事は。


「サリーも一緒?」


「馬車は違うけどそうなるわね。まったく」


 言葉とは裏腹にサリーは微かに笑っている。まんざらでもないのかな。


「カレナそろそろ行くぞ」


 アランの声に私は馬車に乗る。行き先はウォード家。


「カレナ」


 二人きりの車内。アランが名前を呼んだ。見上げると相手が手を伸ばしてきた。


 遠慮えんりょがちに頬に触れる。私は受け入れてアランの手に自分の手を重ねた。


 たぶん、キスの合図。私は目を閉じた。


 触れ合う唇はやわらかくて優しくて、改めてアランへの想いを自覚する。


 たぶんじゃなくて私は彼が好きだ。そしてアランも。唇を離して見つめ合った私たちは互いに笑い合った。


 これから結婚するまで私たちの婚約者としての生活が始まる。


 あ。その前に新しく入手した魔石の研究がしたい! 


 帰ったらさっそく工房に行こう。

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