第45話 後ろ盾
「ネヴィル公」
アーネスト・ネヴィル公。嫌味じじいだ。彼は
国王の血縁者だ。王宮に出入りしていても不思議ではない。
「カレナ・ブラックウェル。君に詫びと礼を言いに来た。先刻は礼を欠いた発言をしてすまなかった。それと、孫のテイオを助けてくれてありがとう」
プライドの高いネヴィル公が頭を下げたのを見てさすがに慌てた。
それだけ彼にとって孫は大事な存在だったのだろう。なんだいいおじいちゃんじゃん。
「いえ。頭を上げてくださいネヴィル公。テイオ様が無事で何よりです」
実は魔石が欲しかったばかりに口実として利用しました、なんて口が裂けても言えない。
「もう一つ君に頼みがある。聞いてくれるか」
私はアランたちと顔を見合わせた。
権力も財力も持ち合わせている人からの頼みとは何だろう。見当がつかない。
私は言葉を待った。
「私の娘、テイオの母親のことなのだが先日魔力暴走を起こして治療してもらったにも関わらず今も昏睡状態なのだ。診てくれないだろうか」
パーティーの時に見たテイオ様の顔が過った。
テイオ様が言いたかったことは母親を救ってほしい、だったのかもしれない。
断る理由はない。師匠もいるし。
あ、ダメだ。師匠と魔石の山分けは私に分が悪い。
でも私の答えは決まっていた。
「魔力暴走の件、お引き受けいたします」
ネヴィル公の表情が和らいだ。この人は厳しい印象だけれど、身内には甘いのだろう。私たちは王宮から少し離れた離宮へと案内された。
寝台に横たわるシルバーブロンド髪の美しい女性。カヤ・ネヴィル様だ。
寝台の傍にはテイオ様が手を握って母親の名前を呼んでいる。
足音に反応してこちらを向いたテイオ様が目元を赤くしたまま目を見開いた。
「おじい様とアラン様、カレナ様」
視線が師匠へと向いた。
師匠はテイオ様に目線を合わせるように身を屈めると安心させるように小さな頭を優しく撫でた。
「私はカレナの母だ。安心してくださいテイオ様。お母様は救います。カレナ、すぐに治療の準備だ!」
「はい!」
師匠の声音が変わるのと同時に私にも気合が入る。
研究棟から透明な魔石を取り寄せている間に私は眼鏡を外して魔力の滞りを探った。
師匠に伝えると人払いを済ませて服を脱がせた。そして私たちは眉を寄せる。
魔力の滞りが皮膚まで影響しており変色し始めていた。このまま放置すればカヤ様は二度と目覚めることはないだろう。まだ間に合う。
透明な魔石を受け取ってすぐ私たちはそれぞれアフェレーシスを行った。一番注意が必要なのは心臓付近だ。一歩間違えれば魔力が心臓に流れてしまう。
失敗は許されない。汗が額を流れて顎を伝い落ちる。
私は視線を感じて顔を向けると祈るように両手を組むテイオ様が目に映った。
「カレナ、集中しな。そこは最後に回す。お前はサポートに回れ。大丈夫、お前は私の自慢の娘で弟子なんだ。助けて魔石を貰うぞ」
師匠の笑みに肩の重みが和らいだ。私は頷いてアフェレーシスを続けた。
何時間続けたのか分からないけれど、すべての魔力の滞りを魔石へと移し終える頃には日がとっくに落ちていた。
魔石の色は
カヤ様は規則正しい寝息を立てて眠っている。ひとまず安心だ。
私が魔石を手に取りうっとりしているとテイオ様とネヴィル公、カヤ様の夫のロン様が心配そうに近づいてきた。
「もう心配はいりませんよ。あとは目覚めるのを待つだけです。ところでこの魔石は頂いても?」
「ああ。構わん」
ネヴィル公の返答にニヤケるのを堪えているとカヤ様の眉が動く。
微かに声が聞こえてテイオ様が駆け寄った。
「お母様」
涙声のテイオ様が呼ぶ声に反応するようにカヤ様がゆっくりと目を開けた。
覚醒したばかりでどこか分からずぼんやりと天井を見ていたカヤ様をテイオ様が泣きながら何度も呼ぶ。
その声にカヤ様が首を動かしてテイオ様を見て目元を緩めた。
テイオ様へ手を伸ばそうとしたのか掛け布団の下が少し動くけれど、しばらく寝ていたせいで身体が固くなっているカヤ様は自分では動かせない。
泣きそうな顔をした。
「テ、イ……オ」
掠れた声でテイオ様の名前を呼ぶとテイオ様は声を上げて泣き出した。
ネヴィル公もロン様も目に涙を浮かべてカヤ様の目覚めを喜んだ。私は師匠と顔を合わせると満足気に笑いあった。
再び眠りについたカヤ様を見届けて私たちは部屋を後にする。客間で待っていたアランと合流した私にネヴィル公が声をかけた。
「カレナ、ルーシー。二人には感謝してもしきれない。娘を救ってくれてありがとう」
深く頭を下げるネヴィル公に私はとんでもないと首を振る。
ネヴィル公が言うにはカヤ様を治療したのはアンスロポス側の人間で失敗したせいでカヤ様は昏睡状態に陥った。
元よりアンスロポスに良い印象を抱いていなかったネヴィル公はさらに悪印象を抱いてしまったのだと。
それであの態度だったのか。娘をあんな状態にされては仕方ない。
頭を上げたネヴィル公が私とアランを見た。
「アラン、カレナよ。これよりアーネスト・ネヴィルは君たちの後ろ盾となることを約束しよう」
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