第44話 ルーシー・オーウェン
そこには王宮の紋章がついた制服を着たサリーが腕を組んだ状態で立っていた。
「あ、サリーだ。やっぱりここにいた」
「なんだ。あんまり驚かないの」
「そりゃあね。魔石獣の幼体のところに向かう時、師匠から事情聞いてるって言ってたし繋がってるのかなって。それに銃弾を用意してたってことは最初から私に戦わせて魔石の回収するつもりだったんでしょ」
「人聞きの悪いこと言わないで。あれは上からの命令で仕方なくよ。ねえ、ルーシー様」
「は?」
「は? とは失礼な子だね。久しぶりの親子、師弟の再会だというのに」
サリーの背後から現れたのはアイスシルバー色の長髪に深緑色の瞳の三十代後半から四十代に見える釣り目で目元にほくろがある女性。
私の親代わりであり、師匠でもあるルーシー・オーウェンだ。
師匠は大げさに肩をすくめながらわざとらしく溜息を吐いて見せた。
「し、師匠。お久しぶりです」
「サリーから報告は受けていたが、元気そうで何よりだ。アラン様もこの子を助けて下さりありがとうございます」
「いえ。婚約者を守るのは当然ですので」
アランの返答に師匠は満足そうな顔をする。
私は師匠とサリーを見据えて問いを口にした。
「あの、質問いい?」
「なんだ」
「サリーは元から王宮付きの研究員?」
「ええ。ルーシー様の下で学ばせてもらってたわ。昨日まではルーシー様の命令であんたのお守りと報告役だったの。それもお役御免ってわけ」
「なんで?」
「なんでって。あんたのこと全部ルーシー様に報告してたのよ。いわば裏切り者よ?」
「別に悪いことしてないじゃん。師匠の命令でしょ。この人見かけによらず過保護なんだから」
「なかなか面白かったぞ。娘の奇行、ではなく自由っぷりを聞いていたらサリーが割と振り回されていてな。アラン様とも仲を深めているようでなにより」
「サリー、そんなことまで報告してんの!?」
サリーは気まずそうに顔を背けた。
こら、こっちを見ろ。どこまで報告したのか詳しく聞かせてもらおうか。
「ところでカレナ。お前腕落ちたか?」
師匠の声音が変わり視線が鋭くなる。私は姿勢を正した。冷汗が背中を流れる。
「いや、だって久しぶりの魔石獣の幼体、しかも人工魔石を埋め込まれて暴れているのが相手だったんだよ!? しかも魔力が続く限り魔獣出してくるしで」
「言い訳は聞かん。だが、まあ無事で何よりだ。もっと精進しなさい」
「はい。って! 私が倒した魔獣の魔石と魔石獣の幼体はどこ!? 勝手に回収したでしょ。返せー」
「ああ、そうだったな。もう少し調べさせてもらおう。どうせお前の技量ではそんなに調べられんだろう。王の謁見が終わる頃までは貸しといてくれ」
「貸しといてくれって」
師匠には頭が上がらない私は相手を言い負かすだけの言葉を持たずぐぬぬ、と悔しさを呑み込んだ。
「にしても人工魔石を埋め込まれた魔石獣の幼体か。誰かが放たねば現れん」
「それなら目星は付いてます」
「ほう」
「レティーシャ・マリーが怪しいかと。レティーシャは火事と言って非難を促していた際に一人だけ違う反応をしていました。動揺している感じであきらかに事情を知っていると思います」
「なるほど。サリー、マリー家に探りを入れるよう指示を出しておけ」
「承知しました」
師匠の指示を受けてサリーは一礼すると足早に出て行った。サリーが出て行ってすぐ、使者が来て王への謁見に呼ばれた。
さすがに緊張する。私をエスコートするようにアランが隣を歩く。
それだけで安堵するのはアランのことをそれだけ彼を信頼しているからだろう。初対面の時と比べると彼への想いもずいぶんと変わったな。
考え事をしている間に謁見の間に着いた。
扉が開かれ、長い絨毯が敷かれた先に数段の階段があり奥に豪華な造りの椅子が二脚。
それぞれにこの国の国王であるジェラルド・ノース様、女王のシーラ・ノース様が座っていた。
金色の髪に口元に髭を生やした国王は五十代後半で穏やかな印象だ。
女王様も金色の髪を結い上げて輝かしい宝石と薄い水色でレースがふんだんにあしらわれたドレスを着ていた。四十代くらいの美しい女性だ。
私たちは階段の下まで行くと膝を折って
「アラン・ウォード、カレナ・ブラックウェル、ルーシー・オーウェン。顔を上げよ」
従って顔を上げると国王と女王が目元を緩めた。
「この度の魔石獣の幼体討伐ご苦労であった。屋敷の被害はあれど、死人が出なかったこと、魔石獣の幼体を止められたことへの功績は大きい。褒美を与えよう。なんでも申すが良い」
なんでもって言われても困る。
魔石の研究費とか、素材とか? 言われて私は今のウォード家にいることで満たされていることに気付いた。
欲しいものがすぐに思いつかないくらいには満たされている。
「どうした?」
「なんでも良いのですよね?」
私の発言をアランと師匠が見守る。
欲しいものはない。けれど、王に望むことはある。
「ああ。申すが良い」
「それでは。この国で暮らすアンスロポスへの信頼と、魔力暴走を起こして行き場を無くした人たちへの救済の手助けを」
「カレナ……」
「なんと」
「もちろん、アンスロポスだけの国では好戦的な者や戦争を仕掛けようとしてくる者もいます。けれど、魔獣や魔石獣の幼体を倒すことの出来る者たちも少なからず存在します。そんな人たちが差別されることのないような世の中になってほしいと思うのです」
国王たちの視線に心臓が早鐘を打つ。
不敬であれば罰せられる。
相手の反応を待つしかない。
「そうか。ルーシー・オーウェン。貴殿の言う通りの娘のようだ。その願い、すぐにとはいかぬが叶えてみせよう」
「ルーシー、よい娘を持ちましたね」
「もったいない言葉です」
目元を和らげた国王たちは私の望みを承諾してくれた。
それから少しだけ会話を交わして私たちの謁見は終了した。
緊張が解けて息を吐きだした。
「き、緊張した……」
「こらカレナ。もう少しシャキッとしな」
師匠に注意された私に近づいてくる足音が聞こえてそちらへ視線を向けると見覚えのある人物が立っていた。
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