14 美少年の教え

 三人で花壇に水やりをすることになった──と言っても、力仕事はほぼ朝陽くんに任せてしまったけれど。

 朝陽くんが大きいジョウロ、わたしと莉央は小さめのジョウロを持って、花にうるおいを与えていた。

「な、なぁ、多田」

「ん?」

 朝陽くんがわたしに話しかけてきた。莉央も一緒に話を聞く姿勢に入る。

「いろんなやつに言われたんだけど、お、オレ、最近様子おかしかったらしいな」

「そうだよ! ほんっとにおかしかった!」

 莉央が力強くうなずく。朝陽くんは申し訳なさそうに「ごめん」と謝った。

「……正直、あんまりよく覚えてないんだ。悪いけど、なかったことにしてくれないか?」

 レンくんの魔法がかかっていた頃の記憶があいまいになっているのかな?

 きっとクラスの人たちにからかわれただろうに、わたしを避けるでもなく、ちゃんと向き合ってくれる。

 真面目で、気配り上手で──本来の朝日くんだ。

「あ、あぁ、うん。全然気にしてないよ」

 わたしは首を振る。朝陽くんはほっとしたようにお礼を言った。

「オレ、多田と話してみたかったから、これからも、喋ってくれたら嬉しい。莉央とも仲がいいみたいだし、オレも……」

「朝陽?」

 朝日くんの言葉は、彼を呼ぶ男子によって遮られた。

 校舎からクラスの男子が二人、こちらを睨みつけている。

「こんなところにいたのかよ」

 クラスの男子二人組──橋本くんと田中くんが、のっしのっしと中庭へやってくる。

 ……なんだか、あんまり友好的な雰囲気じゃない。

 というか、怒ってる……?

「おお、どうした? オレになんか用でもあったのか?」

 朝陽くんは、いたって明るく対応するが、橋本くんも田中くんも、表情は曇ったままだ。

 橋本くんが口を開く。

「用っていうか、言いたいことがある」

「言いたいこと?」

「最近、女子とばかり絡んでるのはなんなんだよ」

 橋本くんの声音が、グッと低くなる──お母さんが、わたしを怒るときと同じ。

 わたしは思わず、莉央の制服の裾をつかんだ。

「え……? な、なんだよ、急に」

 朝陽くんはわけがわからない顔をしている。

 その反応に、橋本くんと田中くんは、いっそう眉をしかめた。

「急になんだよ、はこっちのセリフだよ。付き合い悪いんだけど」

「水やりが、オレたちより大事なんかよ?」

「……っ」

 朝陽くんは言葉に詰まってしまった。

 わたしを気にかけていたのは、全部魔法のせいであって、朝陽くんは全然悪くないのに……!

 説明したところで、信じてもらえるわけがない──莉央にさえ言えていないのに、喋った回数もほぼないクラスの男子なんて、尚更言えるわけがない。

「どうなんだよ、朝陽」

 橋本くんは、ずい、と朝陽くんに一歩近づく。

 ……怖い。

「お……オレ、は……」

「ちょっと! 朝陽が誰と絡んだっていいじゃん!」

 莉央がわたしを庇いながら、橋本くんと朝陽くんの間に割って入った。

 勇気がありすぎるよ……!

「は? 小原は黙ってろよ」

 しかし、勇敢な莉央に対して、橋本くんは冷たい視線を向けた。

「お前だって、朝陽が多田と絡むのやめてほしいだろ?」

「そ、それは……」

 ギクッとする莉央。

 痛いところを突いてくる──きちんと話し合うまで、莉央がわたしを敵視していたのは事実なんだから。

 嘘がつけない莉央は、否定できない。

「朝陽……」

 朝陽くんの絶望した目が、泣き出しそうな莉央へ向く。

 莉央が朝陽くんを大切に思っていたように、朝陽くんにとっても、莉央は自分を分かってくれる数少ない人だったんだろう。

「お前も、オレに多田と絡むのやめてほしいって思ってたのか……?」

「違う、朝陽! 違う!」

 莉央の痛々しい叫びが、胸に突き刺さる。

 ──全部、わたしのせいだ。

 わたしのせいで、莉央と朝陽くんの関係が壊れかけている。

 どうしよう。

 どうしたらいいんだろう。

 こんなとき、レンくんだったら……!

 ──「なんで聞こえるように悪口言うの? 希がキミたちに何かした?」

 ──「希は朝陽くんに何もしてない。朝陽くんが勝手に希に近づいているだけ。だから、希に当たるのは筋違いだよね?」

 ……そうだ。

 あのとき、わたしが村上さんと佐藤さんに陰口を言われたとき。

 レンくんは、そんな風に言っていた。

 ……今は、わたししか、いないんだ。

 震える拳を握りしめて、覚悟を決めて、わたしは顔を上げた。

「……ねぇ、なんでわたしと朝陽くんが喋っていたら嫌なの?」

 できるだけ冷静に、感情的にならないように努めて言った。

 一見、冷たいとも取れるセリフは、一段と透き通って響いた気がする。

「え……」

 ずっと莉央の後ろで怯えていたわたしが、唐突にしゃしゃり出てきたものだから、橋本くんと田中くんは不意を突かれたようだった。

 反論してこない隙に、わたしはまくし立てる。

「莉央が朝陽くんと喋っててもいいのに、どうしてわたしはダメなの? 莉央も女子だよね? 朝陽くんが女子と絡むのが嫌なんじゃないんでしょ? わたしだけが気に入らないの?」

「うるせぇな!!」

 田中くんの大きな手が、振り上げられた。

 うそ、殴られる……!?

 殴り合いの喧嘩なんて知らない……!

 避ける方法も、ガードする方法も……!

 わたしはただ衝撃に備えて、目をつむった。

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